覚悟

 

 

スクワーレルフライトはホワイトスレットの白い背中に飛び乗り、かみつこうとした。

が、その白い毛皮は厚く、そう簡単には皮膚に牙が届かなかった。

 

長い白い毛に頭をもぐりこませ、皮膚に歯をつきたてた。

 

その皮膚も硬く、歯がなかなかたたなかったが、渾身の力を振り絞ってかみついた。

 

今度は歯が食い込み、突き刺さった。

しかし、こんな化け物にとっては、たいした痛みじゃないだろう。

 

 

保育部屋はラシットテイルとナイトファングに任せてきた。

 

しばらくは一緒に守っていたが、ホワイトスレット相手の猫たちが不利だと分かり、加勢に入ったのだ。

 

向かって前の方には、レッドイヤーがホワイトスレットの頭の上で悪戦苦闘していた。

 

 

そのとき、ホワイトスレットが頭を振り上げた。

 

ホワイトスレットに噛み付かれた猫が宙に舞う。

スクワーレルフライトはその黒くしなやかな姿を目で追い、それが誰なのか気づいて目を見開いた。

 

………ナイトファング。

 

ナイトファングはスクワーレルフライトを通り越し、後ろへ落ちた。その黒い体は動かなかった。

 

 

スクワーレルフライトは猫の悲鳴にハッと我に返った。

 

前を振り向くと、レッドイヤーがバランスを崩し、ホワイトスレットの頭から鼻先へころがっていた。

 

ホワイトスレットは、レッドイヤーにかみつこうと頭を動かす。

 

スクワーレルフライトはホワイトスレットの背を落ちないように走った。

 

そしてレッドイヤーの首筋に爪を立て、引き上げ、ホワイトスレットの黄色い目に爪を打ち立てた。

 

ホワイトスレットが激しくうなり、スクワーレルフライトたちを振り落とそうと頭を激しく動かす。

 

 

レッドイヤーがお礼をいった。

 

「ありがとうっ」

そういうと、チッと舌打ちをし、振り落とされないように必死に爪を立てた。

スクワーレルフライトもおなじよう爪をたてた。

 

 

後ろからホーリーナイトの叫ぶ声がきこえた。

 

「鼻だ! 鼻をねらえ!!」

 

振り返ると、ホーリーナイトもホワイトスレットの背中で振り落とされないように足を突っ張っていた。

 

 

スクワーレルフライトはそれをきき、鼻までどうやって行くかを考えた。

 

ホワイトスレットは頭にのっている猫をねらうことを止め、下にいる猫たちをねらいだした。

下にいる猫たちも負けずにぶつかっていく。

 

ホワイトスレットの頭のゆれが小さくなった。

 

スクワーレルフライトはその瞬間に走った。

 

しくじったら、命は落とす。

それでもやらなければならないことだった。

 

手をのばせば鼻をねらえる…! 

 

そこまできたとき、ふたたびホワイトスレットが頭を振り上げた。

 

スクワーレルフライトは爪を立てようとしたがまにあわず、体が宙を舞った。

 

 

真紅の空が下に見える。

 

上に見えたのは、かみつこうとあいた血まみれの口。

 

 

「…っ?」

 

 

息をのんだ瞬間に、何かがわき腹へ追突してきた。

 

かたい地面の上におち、衝撃で一瞬息ができなくなった。

 

そしてばっと体を起こした。

白い巨体を見上げる。

 

白いものがホワイトスレットの鼻づらにしがみついていた。

 

ニコルだった。

さっきの衝撃はニコルだったんだろうか? 

 

 

ホワイトスレットの背からホーリーナイトがニコルへ駆け寄り、ホワイトスレットがかみつくより早く、一緒に飛びおりた。レッドイヤーも続いた。

 

ホワイトスレットの白い毛皮は返り血で赤く染まっていた。

 

その赤い模様は、自分の血でできたものではないだろう。

 

 

スクワーレルフライトは周りをさっと見回した。

 

もうスター族へ仲間入りした猫、倒れている猫が半分くらいだ。

 

のこりの半分の猫も、多少の差はあるものの、無傷の猫はいない。

 

このままでは、ホワイトスレットには勝てないかもしれない。

いや、勝てないだろう。

 

 

スクワーレルフライトは頭を振った。

 

今こんなことを考えても仕方がない。

今は今できることを。

全力でぶつかるだけだ。

 

スクワーレルフライトは雄たけびを上げ、爪を出しホワイトスレットの横腹めがけて走った。

 

そして、その白い皮膚へ爪を立てた。

 

渾身の力を込めて両前足をかく。

 

ホワイトスレットがスクワーレルフライトめがけて牙を向けてきた。

スクワーレルフライトは腹の下をとおり、逆側へ逃げた。ホワイトスレットがうなる。

 

 

他の猫たちも次々とホワイトスレットへぶつかっていく。

それを苦にもせずホワイトスレットが前足をふりまわし、猫たちが犠牲になっていく。

 

 

スクワーレルフライトは頭をぶんぶんと横に振った。

 

こんな光景を見ていると、考えても仕方のないことを考えてしまう。

今は何も考えちゃいけない。

 

 

再びスクワーレルフライトが攻撃を開始しようとしたとき、キャンプの中へ大勢の猫が入ってきた。

 

ウィンド族だった。

ウィンド族の猫たちは、一瞬その白い巨体を前に驚愕し、立ちすくむ。

 

しかし、族長のワンスターの一声で一斉に攻撃を開始した。

 

スクワーレルフライトは不思議に思った。どうしてウィンド族がここへ? 

誰かが呼んできてくれたんだろうか。

 

 

たくさんの猫が白い狼へぶつかり、離れ離され、ぶつかっていく。

 

 

スクワーレルフライトも全力でぶつかっていった。

 

ウィンド族が入ったことで、残っていたサンダー族の戦士たちの気持ちも高まった。

猫たちの雄たけびが響きわたる。

 

スクワーレルフライトがホワイトスレットの喉もとへ攻撃をしかけようと飛び上がったとき、ホワイトスレットの前足が宙をかいた。

 

 

「!!」

 

 

スクワーレルフライトは脇腹にめりこむものを感じた。体が違う方向へとんで行く。

 

地面にたたきつけられ、一瞬息ができなくなった。

 

続いてからだの中からせりあがってくるものを感じてむせた。

 

せきがとまらず、なかなか立ち上がれなかった。

 

 

ふと顔をあげると、スクワーレルフライトの斜め前に、三毛猫が横たわっていた。

多分一緒に飛ばされたのだろう。

その三毛猫もむせ、手足を弱々しく動かしていた。

 

スクワーレルフライトは必死に息を整えようとした。

 

すると、自分の周りに黒い影ができた。

 

ばっと顔をあげると、上に見えたのは、自分たちにとどめをさそうと歯をむきだしている口。

 

 

スクワーレルフライトは必死に立ち上がろうともがいた。

しかし、手足が思うように動いてくれない。

 

あぁ…もう、だめなのかもしれない。

 

 

ぎゅっと目を閉じ、覚悟した。

 

 

 

ガチッとホワイトスレットの鋭い歯がかみ合う音がした。