第二の来訪者の力

 

 

 

「あなた、何に傷つけられたの?」

リーフプールは問いかけた。

 

「・・・人間。石をなげられたし、けられた」

ホーリーナイトと名のった黒猫が答える。

 

「ニンゲン・・・〈二本足〉のことよね?」

リーフプールはせっせと薬草を調合しながらニコルにたずねる。

 

「そう。僕らの中ではそう呼ばれてるんだ」

ニコルがホーリーナイトを心配そうに見ながら答える。

 

 

調合した薬草をホーリーナイトの傷口にぬりつけながら、不思議なものだ、とリーフプールは思った。

 

このたった約三日の間に違う国から二匹も猫がここに訪れたのだ。

この黒猫はわけありらしいが。

 

さっき、グレーストライプがこの二匹をつれてきたのだが、黒猫があまりにも傷だらけで驚いた。

 

「そういえば、君って傷の治療とかする役割なのかい?」

ニコルが思いついたようにたずねてきた。 

 

「ええ、看護猫よ。森の四つの部族に一匹ずついるわ」

リーフプールが治療を続けながら答える。

 

「こんな、部族のようなものって、新鮮だな」ニコルがいう。

 

「僕たちの国の猫はほとんど単独で暮らしているんだ」

 

リーフプールは驚いた。部族がない? 

 

じゃあ、たった一匹で暮らしていくの? 

 

リーフプールの思いを察知したかのように、ニコルがいう。

 

「いや、ずっと一人ぼっちって訳じゃないんだ。つれあいももつし、家庭も持つ。でも、いつかは一匹で生きていくことがほとんどなんだ」

 

「じゃあ、あなたたち二匹も一人で暮らしていたの?」

リーフプールがたずねる。

 

「ぼくは一人だったよ」ニコルが答える。

 

「ホーリーナイトは・・・」

 

ニコルがそこまでいうと、ホーリーナイトが先を続けた。

「俺も孤独に生きていた。でも、いい出会いがあった。・・・まあ、それももう崩れてしまったが」

 

ニコルが同情するようにホーリーナイトにすりよる。

 

なにか大事な存在をなくしてしまったのだろうか。

ならば、相当ショックだろう。

 

リーフプールも少し同情した。

そこでふと、ホーリーナイトが首に巻いている布が目に付いた。

 

「あなた、〈二本足〉に飼われていたの?」

 

ならば、亡くしたのは〈二本足〉のことなのか? 

自分には〈二本足〉を亡くして悲しむ気持ちは分からないが、ホーリーナイトにとっては大きい存在だったのだろう。

 

「少しだけだったが」ホーリーナイトが答える。

 

 

リーフプールはその布が少し膨らんでいることに気がついた。

「その布には、何か入っているの?」

 

ホーリーナイトの目が少し曇った。

 

「これは・・・大事なものだ。俺のものじゃない」

 

「こいつは、これを届けなくちゃならなかったんだ。それなのに、船に乗せられて・・・」

 

ニコルが説明しようとするが、ホーリーナイトが首を振り、さえぎる。

「ニコル、おしゃべりは変わってないな。しゃべりすぎだ」

 

「う・・・ごめん」

 

「少し自粛することを覚えるんだな」

ホーリーナイトがからかうように笑いを含んだ声で言う。

 

「・・・おまえも、その皮肉屋は変わってないよ」ニコルが少しふてくされて言う。

 

リーフプールは少し笑った。

この二匹はいいコンビだ。

 

 

「とりあえず、傷の治療はこれでおわり。ホーリーナイト、あなたは、今日一日はここで寝ててください」

 

ホーリーナイトが体を起こし、毛づくろいをする。

「・・・名前は」

 

「リーフプールよ」

 

「どうもありがとう。リーフプール」

 

「ありがとう。助かったよ」

ニコルもいう。

 

 

リーフプールは立ち上がった。

 

「ちょっと、足りなくなった薬草をとりにいってきます」

 

「分かったよ。僕はホーリーナイトとここにいる」ニコルがそれに答える。

ホーリーナイトは、まだ絡まった毛をほどいていた。

 

 

リーフプールは、看護部屋からでてすぐスクワーレルフライトとぶつかった。

 

「スクワーレルフライト? どうしたの?」

リーフプールは問いかけた。

スクワーレルフライトがぼーっとしていたからだ。

 

「なにかあったの?」

 

「あ・・・。ごめん、リーフプール」

スクワーレルフライトははっとしたように言った。

 

「うん・・・ちょっと。ね、今話してもいい?」

 

「ええ、いいわよ。でも、歩きながらでいい? 薬草をとりに行かなくちゃ」

「うん」

 

 

二匹はキャンプから出て、マリーゴールドが取れる場所へ向かって歩いた。

 

「スクワーレルフライト、さっきは何をしてたとこ?」

リーフプールから話し出した。

「グレーストライプにファイヤスターからのことづけを伝えたとこだったの」

 

 

「・・・それで、話ってのは?」

リーフプールが問いかけると、スクワーレルフライトが恐る恐る話し出した。

 

「・・・朝のパトロールにいったら、白い毛が見つかったの」

 

「それは・・・その白い毛は」

 

「そう。たぶんお告げのもの。ファイヤスターと話したら、ファイヤスターがみた白い毛もこれだったって」

 

リーフプールは自分でも驚くほど格別驚きもせず、聞いていた。

「やはり、この森にいるのね」

 

「・・・」

 

スクワーレルフライトは無言で前を見詰めていた。

 

スクワーレルフライトもそう思っているのだろう。

 

「気をつけないとね。こうしている間にも近くにいるのかも」

 

リーフプールは明るく言った。スクワーレルフライトも、うなずいた。

「いきなり飛び掛ってくるかも」

 

二匹でひとしきり笑った。

 

 

二匹はキャンプに帰り、とってきたマリーゴールドを看護部屋へ運んだ。

 

「ホーリーナイトはもう傷は大丈夫なの?」

スクワーレルフライトがリーフプールに聞いた。

 

看護部屋の入り口に入るところでリーフプールは答える。

「ええ、大丈夫よ。この中にいるはず」

 

看護部屋へ入ると、黒猫と白猫がグルーミングしていた。

 

「あ、おかえり」

ニコルが顔をあげて言う。

 

ホーリーナイトも顔をあげて二匹を見たが、特に声はかけずにまた毛づくろいの作業に戻った。

 

「あの、傷大丈夫?」

スクワーレルフライトがホーリーナイトに聞いた。

 

ホーリーナイトが再び顔をあげる。

「・・・ああ」

 

言葉はそれだけだった。

 

リーフプールは置いた薬草を並べた。

だいぶたくわえが少なくなっている。また補充しに行かないといけない。

 

 

 

「自分で獲物を狩れる年齢のものは全員、ハイレッジへ集まれ。一族の集会を始めるぞ」

 

ファイヤスターの響く声がキャンプ内に響き渡った。

 

リーフプールは立ち上がった。スクワーレルフライトも立ち上がる。

「今夜の大集会のことかな」

 

二匹は看護部屋から出た。

 

しかし、あとの二匹が出てこないので不思議に思い、リーフプールは看護部屋をのぞきこんだ。

「行かないの?」

 

するとなかから、声がきこえた。

 

「すぐ行くよ」ニコルの声だ。

 

「ホーリーナイト、行こう」

 

「なんで」

 

「なんでって、集まれって言われてるんだから」

 

「俺たちは関係ないだろう」

 

「僕たちはここにいるんだから、ここの猫たちの習慣にしたがわなきゃ」

 

「じゃあ、おまえが俺たちの代表で行ってくれよ」

 

「なに言ってるんだよ。ホーリーナイトもいかなきゃ」

そういってホーリーナイトをぐいぐい押すような音がきこえた。

 

「・・・分かったよ」

ホーリーナイトがしぶしぶ立ち上がった。

 

 

リーフプールは看護部屋から顔を戻し、待っていたスクワーレルフライトとハイロックの近くへいって、ナイトファングのとなりに座った。

「何のことかしらね?」

ナイトファングが声をかけてきた。

 

「今夜の大集会とか・・・」

リーフプールは答えた。

 

ナイトファングがうなずく。

「そうかもしれないわね」

 

そこで、近くまで歩いてきた二匹に気がついた。

「また、新入りが?」

ホーリーナイトを見て聞く。

 

「ええ、この二匹は知り合いらしいの」

リーフプールがその問いに答える。

 

ニコルはナイトファングに軽く会釈し、ホーリーナイトは素通りし、ナイトファングとは逆の方に座った。

 

「あの黒猫、無愛想」

ナイトファングがスクワーレルフライトに耳打ちする。

 

スクワーレルフライトがうなずくのが見えた。

 

ファイヤスターが一族が集まったことを確認し、話し始めた。

その横にはグレーストライプが立っている。

 

 

「みんな、もう知っていると思うが、今夜は大集会だ。この集会が終わったあと、グレーストライプが大集会に行く猫に声をかけるから、かけられた猫は月が昇りだしたら、キャンプの出口に集合だ」

 

ファイヤスターがそこで一度区切る。

「それと、この集会で話すことはもうひとつ」

 

ファイヤスターが話し始める。

 

「これももう知らない猫はいないと思うが、今サンダー族には部族猫ではない二匹がいる。二匹は捕虜としてサンダー族においてやることにした」

 

そこまで話した時、一匹の茶色い雄猫が立ち上がった。

ホークウィングだ。

 

「なんで浮浪猫なんかを置いてやるんだ!?」

 

その問いにグレーストライプが答える。

「ファイヤスターが決めたことだ。族長の決めたことには逆らわないと戦士のおきてにも決められているだろう。ちなみに、浮浪猫でもない」

 

「しかし、よそ者だぞ! しかも、黒い方は首に何か巻いていて飼い猫みたいじゃないか!」

ホークウィングがいいかえす。

 

「どうせ自分の身も守れないんだろう!」

 

その声に賛同する声がちらほらと上がる。

 

リーフプールは顔をしかめた。少しいいすぎだ。

 

「・・・ひどいな」

ニコルがぼそりとつぶやく。

 

その横でホーリーナイトがホークウィングの言葉にはじけるように立ち上がった。

傷の痛みに一瞬顔をしかめる。

 

「自分の身も守れない? そんなことどうして分かる?」

 

ホーリーナイトがホークウィングに向けて静かに問いかける。

 

「ホーリーナイト、やめなよ」

ニコルが止めようとする。

 

「じゃあ首に巻いてるものはなんだ? 〈二本足〉につけてもらったんだろう! 飼い猫じゃないか」

そういうとホークウィングがキャンプの中央へ跳んだ。

 

ホーリーナイトに挑んでいるのだろう。

 

そこにいた猫たちが場所をあける。いいぞとホークウィングを支持する声も聞こえる。

 

「・・・」

 

ホーリーナイトが無言で静かに空き地の中央へ向かう。

 

ニコルが後ろからおろおろした顔で見つめる。

 

「ああ・・・。ホーリーナイトを怒らせたら・・・」

 

ファイヤスターもようすを見ているようだ。無理やり止めようとはしない。

 

 

リーフプールはスクワーレルフライトと顔を見合わせた。

 

ホークウィングはサンダー族での屈指の強い猫だ。

 

小柄な傷ついたホーリーナイトが戦っても、勝敗は目に見えている。

 

 

「身を守れないことがどうして分かるかって? おまえが飼い猫だからだよ!」

ホークウィングがそう言って進み出てきたホーリーナイトに飛び掛る。

 

 

ホーリーナイトは殴りかかってきたホークウィングの攻撃を軽々とよけた。

 

そして、爪を出し、ホークウィングの顔をひっぱたいた。

 

ホークウィングはよろめき、崩れ落ちた。

 

 

 

決着は数秒でついた。