翼と角とカマキリと

タイガクローはあの一件以来すっかりジンジャーを恐れてるようだ。

 

無理もない、ふっきできるまでずっと青汁地獄だったからな。

 

今、グリフィンは保育部屋を出たところ。昔ジンジャーと出会ったころの話を聞かせてきたところだ。

 

「ほぉう、今日はいい月夜だな。」

 

気がつけば夜空に大きな満月が昇り、キャンプを銀色に染めている。すると視界の端にジンジャーが見えた。

ハイロックの上皿に注いだ飲み物を飲んでいる。

 

「よう!月見酒かい?俺にも一杯くれよ。」

「ああ、グリフィン。ちょうど出てくると思ったよ。」

 

ジンジャーは愛想よく笑い、皿を差し出す。

 

「今日はほんといい満月だよ。ふるさとをおもいだすなぁ。」

「ああ、お前のとこの山は夜空が綺麗だからな。」

 

角猫一族のみんなはどうしてるだろうな。

 

グリフィンは遠くの仲間たちを思いつつ、皿の液体を口に含み、

「ブゥゥゥゥゥ!」

思いっきり噴き出した。

「ジンジャー!てめぇ!…これ青汁だぞ!」

口元をぬぐいながらグリフィンは怒鳴る。

 

「ふふ、そうだよ月見酒ならぬ月見青汁♡」

「くそ、日本に行って以来の酒だと思ったのに!大体なにが、『月見青汁♡』だ!ロマンチックの欠片もねぇぜ!」

「男二人で月見酒っていうのもロマンチックじゃないでしょう?それに俺は看護猫。飲むためのアルコールなんて持ち歩いてないでよ。」

「おいおい、酒は百薬のマスターともいうぜ?」

「そんなの迷信さ。ほら、大丈夫。今度のは水ですから。」

「ふんっ!…なあジンジャー。」

 

奪い取った皿の水を飲みながらグリフィンは相棒に話しかける。

 

「なんだい?グリフィン」

「今回の寄り道、またデンジャラスなものになりそうだ。」

「そうだね…。」

「通り過ぎてもよかったんだぜ?なぜ残った?」

「なんだそんなことか、俺は“縄張りなき看護猫”こんな俺でも役に立てるかもしれない。そう思ったからですよ。」

「君もでしょう?“さすらいの翼猫”。」

「…ふっ、全てお見通しか…。」

「ええ、お互い…ね。」

「ああ、お互い…な。」

 

二匹は満月の下、夜を楽しんだ。

 

 

「ねえねえグリフィン。」

「お、どうした?リトルガール。」

 

昼のグルーミングに入ろうとした時、グリフィンはマンティスキットに話しかけられた。みると葉っぱを一枚くわえている。

 

「ははぁん、OK、草笛のやり方を教えてやろう。」

「うんっ!ありがとう!」

彼女は無邪気に笑う。

 

キャンプの端までいくと、グリフィンは作り方を教え、実際に吹かせてみた。

「ブゥ~ブゥ~…うわぁ苦い!」

「こらこら、噛んじゃだめだ。もっと優しく!…そう、その調子だ。」

 

少し教えるだけで目覚ましい上達ぶりだ。曲を吹くにはもっとかかりそうだがいいスジだ。

 

(ふふ、こんなに夢中になって…)

 

その時の彼はいつものニヒル笑いとは違う温かな笑みを浮かべていたが、それに気づくものはなかった。

 

 

サンダー族の縄張りのはずれでは―

一匹の黒猫が自分たちのリーダーに近づいていく。その足取りは恐怖で震えていた。精神異常者のリーダーは何をきっかけに機嫌を悪くするかかわからない。

 

「ク、クローファング様…じ、次回の襲撃はいつに…?」

 

リーダー、クローファングは仕留めた大人のキツネをがつがつ食らいながら答えた。

 

「そんなの兄貴に聞いてよ~俺は空腹が収まればいいんだからサ。」

「し、しかし…」

「キシャシャシャシャ!分かんない奴だな~そういえばキツネ一匹じゃたりないんだよな~。」

 

クローファングは黒猫を見つめて舌なめずりをする。黒猫は恐怖で震えあがった。

 

「キシャシャシャシャ!…大丈夫、お前を食べたりはしないヨ。…気が変わらないうちはナ。」

 

黒猫は飛ぶようにクローファングから逃げた。今度はクラッシュテイル様のもとに行かなくては。

 

クラッシュテイルは愛刀を包丁研ぎ器にかけていた。

 

「なんだ?さっさといえ、イラつかないうちにな。」

 

戦慄のまなざしに震えながら黒猫はやっと言葉を紡いだ。

 

「つ、次の…しゅ襲撃の…日程…は?」

 

クラッシュテイルはしばらく考えながら刃を研ぎ、それが終わると言った。

 

「明日だ。白昼堂々攻め込み、キャンプを血で染めろ。」

 

「は、はい!」

黒猫は飛ぶような速さで去って行った。だがクラッシュテイルは珍しく苛立ちをおぼえなかった。

 

(まってろ、サンダー族、そして―)

 

 

狂気の再来は刻一刻と迫っている。