キャンプ前にて

キャンプから、副長のタイガークローと族長のブルースターがトンネルを潜って出てきた。

 

 

「何事なの?その猫は誰?」

ブルースターが口を開く。

「えっと、僕は最初、カラスだと思ったのですが・・・ あ、いえ。 黒猫だとわからなくて・・・」

ブルースターに詰め寄られると、なんと言ったらいいのか分からなくなってしまった。

 

「あれ、カラスだと思われたんか。 んじゃ噛まれても仕方ないね。」

そして、黙ってるように言っておいた黒猫が早速口を開いた。

「誰だお前は!! どの部族でも見かけない顔だな!!」

タイガークローが凄い剣幕(ケンマク)で黒猫に詰め寄る。

だが黒猫の周りにはまだまったりとした空気が流れている。

「そりゃあ。 今さっき来たもん。会ったこと無いでしょう。あ、んじゃ、初めまして。」

黒猫がお辞儀をする。 なんだか調子を狂わされる。

ファイヤハートは、これに合わせてブルースターに報告する。

 

「この猫が、空から降ってきたんです。 僕にはどうしていいか分からなかったので、皆さんの意見を聞こうと思ったんです。」

「そんなわけないだろう! またどっかの飼い猫だろう! 口実を作って飼い猫をまた部族に入れるつもりだな!?」

タイガークローが飼い猫のことを持ち出す。

黒猫が空から降ってきた。と信じさせるには難しいかもしれない。と思った。

「違います!」

と言ってから考え直す。

「あ、いえ。飼い猫かもしれませんが、彼の事は僕にはわかりません。」

正直に言う。

「僕は飼い猫でも外猫でもないからなぁ。うーむ。どっちだろ。」

黒猫はまた独り言。 そとねこ ってなんだろう。

 

「あなたは何をしにここに来たの?」

ブルースターが改めて聞く。

「気分的に、タカを捕りたくなって、気分的に、ここに来たくなって。ですね。タカは捕れなかったけど。」

ファイヤハートは、族長に向かって失礼な言葉を使う黒猫にぞっとしたが、ブルースターは特に表情を変えなかった。

黒猫につぶやく。

「ここにいるのは、サンダー族の族長と副長だ。 敬意を払うのが普通だよ・・・。」

しかし黒猫の返事はとんでもなかった。

「生憎(アイニク)と、普通なんて兼ね揃えてないんでね。敬語の方がいい?」

そう言ってから、

「あー。えー。  はじめまして。 吉祥(キッショウ)と申します。」

どこが敬語なんだろう。 敬語っちゃ敬語だけど、失礼な言葉使いだ・・・。

 

「おまえの名前なんて聞いてない!! とっととサンダー族の縄張りから・・・」

タイガークローが唸るのをブルースターは尻尾で制する。

「そう。私はブルースター。サンダー族の族長よ。 私の役目は一族を守ること。 よって、あなたが一族を脅かすのなら、即刻立ち去ってもらわなくてはいけないの。」

ファイヤハートは聞いてて感心した。

上手い言い方だ。

「そうですか。んでは、猫に攻撃、というか危害を加えることはしないと誓いましょう。 まあ時と場合によるけれども。」

黒猫は答える。

ブルースターは、続ける。

「あなたは、タカを捕まえる って言っていましたね。でも普通、猫はタカは捕まえられないと思うわ。」

彼は空を飛べるんです。 と言おうと思ってやめた。 それは自分で言えることだ。

「まあ、普通に捕るのは無理でしょうなぁ。ちょっと力を使わないと。」

「力ですって? どう捕まえるの?」

ブルースターは、多分黒猫が嘘をついているかどうか確かめたいのだろう。

 

「イマジネーション。 想像力ですよ。 長寿の和猫にしか縁が無いかもしれないけどね。」

いまじねーしょん? ちょうじゅ? わねこ?

そんなことに首を傾げていたが、黒猫がなにやら始めたのでそちらに集中する。

 

 

黒猫は、両目を閉じ、前足を片方上げる。

そして、前足を下すと、前足は地面につかずに止まった。

前足を地面から少し上に浮かせている。

 

そして逆の前足を同じように上げ、下す。

すると、両方の前足が同じ高さに止まった。

 

見えない地面でもあるかのように。

 

 

しかし、見えない地面が本当にあったようだ!!

 

黒猫がその地面に飛び乗った!!

 

 

黒猫は地面からネズミ1匹分浮いたところに"座って"いる。

 

「こーやってね。 もっと高くすれば空に届く。」

 

ファイヤハートは、黒猫を真似して同じようにやってみるが、

見えない地面はファイヤハートには見えず、触れなかった。

 

「まあ、嘘は言ってないってことが分かってもらえる?」

 

みんな黙ってしまった。

 

 

そこへイエローファングが遅れて現れる。

そして、空中に座った黒猫を見て、両目を見開いた。

 

「何をやってるんだい!?」

「んにゃ? まずいですかな?」

そう言って見えない地面を降りる。 見えない地面は消えてしまったようだ。

 

「シンダーポーが、変な黒猫がいるって言われてきたけど、本当に変な黒猫だよ…。」

ブルースターとタイガークローはようやく我に返ったようだ。

 

「んまぁ。 タカは捕れなかったけど、迷惑っぽいから帰るわ。 邪魔したね。」

黒猫はキャンプとは逆の方面に歩き出した。

 

何故だか、止めたい気持ちになったが、ブルースターやタイガークローの前だし、止める理由もない。

 

しかし、なんで止めたいんだろう。 別に用事があるわけでもないのに…。

 

「さっさと失せろ! サンダー族の縄張りから出て行け!!」

タイガークローは唸る。 ブルースターとイエローファングが目を見合わせて困ったような表情になる。

「はいはい出ていく出ていく。」

 

黒猫は全く動じないで、のんびりと歩いて行く。

 

「彼はどこから来たの?」

ブルースターに聞かれて我に返る。

「えっと。 空から降ってきました。」

「・・・。」

ブルースターが考え込む。

 

「空から?」

イエローファングが聞く。

 

「うん。 空でタカと戦っ…」

「今すぐ呼び戻しといで!! 早く!!」

いきなりイエローファングが怒鳴り、理由を聞く前に黒猫の方に駆けだしてしまった。

 

もしかしたら、タイガークローよりもイエローファングが一番怖いかもしれない。