譲れないもの
―3カ月前―
「ぐぅ・・・、はっ・・・く、そ・・・!」
今一匹の猫が地面に倒れた。悔しさと憎悪が混じったそのまなざしを軽く笑い飛ばし、雄猫は本題に入る。
「ふむ、・・・猫又とはもっと面白い存在と思っていましたが、…どうやら期待外れですねぇ…。」
雄猫は心底残念そうな顔で、相手の頭を踏みつけ、武器を奪い取る。
「っ!返せ!!」
もがく敵を少々うるさげに蹴りつけ、尻尾で保持した戦利品を見つめる。
「ほぉぉ、・・・これはこれは・・・。どうやら、物作りに関しては評価できそうだ。」
「あんた、・・・!こんなことしてただで済むと―!!」
「思っていますよ。それにあなたではこのお宝の半分も力を引き出せない。」
雄猫は余裕を崩さない。高慢ではない…負ける確率は0%だというゆるぎない自信があるからだ。
「な、・・・に?」
「有効活用させてもらいますよ。無力な猫又さん。」
雄猫は侮蔑の笑みを浮かべながら去っていく。
「ま、・・・て・・・!」
猫又は必死に手を伸ばすも、その意識は闇に沈んでいった。
「どうだ吉祥?応援の猫又達の手配のほうは。」
「問題ないよ。グリフィン。時期にこっちにくる。」
「お前のシスターは?」
「…無理だね。何かの毒にやられたみたいなんだけど、まだ抜けきってないんだ。師匠によると精神的なショックを受けたせいじゃないかって。」
「いくら武器を奪われたからってお前のシスターが立ち直れないくらいのショックを受けるとは思えないな?」
「うん。だが姉さんを襲ったやつが相当の奴だってことは確かだ。かなり・・・やばい。」
吉祥が冷や汗をかいている。おそらくよほど一方的にやられたのだろう。
「はん!怖気づいてる暇があったら対抗策でも考えたらどうだジジイ?」
気がつくと二匹の後ろにクラッシュテイルとベリッシー、ファイアスターとペガサスがいた。
「ふっ、誰も怖気づいちゃいないさ、ク~ラちゃん?」
「貴様、・・・やるかジジイ?」
「上等だよ。・・・コイヤ、ゴラァ!?」
二匹がけんかを始める。グリフィンはそんな姿を一瞥した後話し始める。
「ファイアスター、首尾はどうだ?」
「何とかあってはくれるよ。内容は伏せてるけどね。…止めなくていいのか、あれ?」
「いつものことだ。加減もしてるし気にするな。…お、そろそろ決まるか?」
「死にやがれぃ!!」
(バカめ、そこは落とし穴なんだよ~ん)
と、吉祥は穴に落ちる姿を予想していたが、・・・。
ドンッ!!
「あら?」
突如背後から衝撃を受けた。しかも降りた場所は・・・。
「おわぁぁぁぁぁ!?」
どっぱーーーん!!
哀れ。自分で作った穴に吉祥は落ちてしまったのだ。しかも、特製、泥水入り・・・。
「フハハハハ!!バカめ!!二度も同じ手を食らう俺ではないわ!!」
「お、おまえ!能力使っただろ!?使っただろぉぉ!!」
「術で落とし穴作ったお前に言われる筋合いはないわ!!クハハハハ!!」
「…。仲いいな。あの二匹。てか、一回は落ちたんだ。」
ファイアスターはあきれ交じりにつぶやく。
「どうやら、今回はクラッシュテイルの勝ちだな。」
普段は逆なんだが。と、グリフィンは心の中でつぶやいた。
さて、二匹がバカをやっている間(←オイッ!?)ジンジャーはと言うと。
「何してるんです?」
「あっ、・・・。」
ここはシンダ―ぺルトが不在の看護部屋。ジンジャーはリーフプールに話しかけた。
「……怨まないでくださいね。グリフィンのこと。」
「そんなことは・・・。」
「あなたたちのためを思ってのことなんです。」
「・・・なんで・・・。」
「はい?」
「なぜ部族間で愛し合っちゃいけないんですか?なんで、・・・看護猫は恋をしちゃ、だめなんですか・・・?なんで、そんな夢を描いちゃいけないんですか・・・?」
リーフプールの声は少し涙ぐんでいる。
「あなたの気持はよくわかる。辛いでしょう…。」
「・・・・・・。」
「…そう言ってほしいんですか?」
「・・・えっ?」
顔を上げたリーフプールは思わず後ずさった。ジンジャーが凄まじい怒りの形相でこちらを睨んでいたのだ。
「・・・穴を掘る覚悟あったんですか?」
不思議と声は冷静だった。
「・・・・・・!?」
「墓穴掘って、死んでもそいつげる覚悟はあったんですか?」
リーフプールは震えて答えられなかった。
「・・・ないんですね。だとしたら、あなたは看護猫のことを何もわかってない。」
「・・・?・・・!?」
「看護猫っていうのはただ、けがを治したり、お告げを聞いたりする存在じゃない。部族文化の違いにかかわらず共通するもの、それは『思いやり』です。」
「思い、・・・やり・・・?」
「あなたは診るべき患者がいるにもかかわらず、思いやりより、女をとった…!」「やるべきことをしっかりやってもいないくせに、夢を語るなッ!!」
ジンジャーの怒鳴り声に、リーフプールは震えあがった。しかし、それでも気になることがあった。
「診るべき…患者・・・?」
「・・・やはり気付いていなかったようですね。」
「シンダーぺルト。彼女は病だ。」
「えっ!!??」
リーフプールは驚きのあまり立ち上がった。
「そんな、・・・うそよ。絶対うそ・・・。」
「患者の芝居一つ見きれないでどうするんです。さらに言うなら彼女の命は持って一年半だ。」
「治せないんですか!?何か方法は!!」
「ない。あったとしても、今のあなたに教える価値はない。」
ジンジャーは厳しい顔のまま部屋を出て行った。残された彼女は…。
「そんな、・・・シンダーぺルト・・・。」
部屋から出たジンジャーはシンダーぺルトにはち合わせた。
「っ、シンダーペルトさん・・・。」
「言ったのね。あのこに・・・。」
「…いずれ知らなければならないことです。」
「・・・なぜそこまで?あなたは部族猫ではないのに…。」
「部族猫ではありません。でも、俺は看護猫です。」
「本当は、怒鳴りつけるのも、いやで仕方ないのでしょう?」
シンダーペルトは知っている。共にいた時間は少なくとも、目の前にいる男がだれよりも、そして誰にでも優しいことを。
「苦しいから、強くなれるんです。彼女には、彼女の瞳には光がある。学ぶべきことも、たくさんある…。」
「ジンジャーさん・・・。」
そう、学ぶべきことは多い。すべての患者を救えるわけではないということ。ときには、・・・救う命を選ばなければならないこと…。
(這い上がれ、リーフプール。あなたには怒鳴るだけの価値があるんだ・・・!)
それは、譲れない一線。