静寂の魔人
「なぜだ・・・・・・。」
ジンジャーは力なくつぶやいた。
「なぜだ・・・どうして!どうして!!」
彼は叫ぶ。
「どうして、こんなことぉぉぉぉぉ!!!」
「てぃりゃぁぁぁぁぁ!!!」
グリフィンのドロップキックがバレットに迫る。
ここはキャンプの一角。戦士や見習い画の訓練所だ。
「・・・ならば!」
対するバレットは地面をけって、手刀を繰り出す。二匹が空中ですれ違う。
ダンッ!!
「・・・。」
「・・・。」
着地後の一拍の間。
「・・・くっ。」
グリフィンが少しよろめく。
「くそ、食らっちまったか。」
「ああ。だが、こちらも完全に避けきれなかった。」
バレットが横腹を押さえて言う。
「さあ、次はどう来る・・・?」
「へっ!お次はこいつだぜ…!!」
グリフィンが両前足を頭上で交差させる。
「・・・?」
バレットは見慣れない構えに警戒する。
「ふぅぅぅぅん!!」
力をためながら腕を腰だめに構え直す。
「ハァ!!」
グリフィンはバレットに向かってすくみの気迫を放つ。
「-っ!」
「ソニック!!ダイナマイト!!!」
グリフィンは全速力でバレットに突っ込み、途中地面をけって空中前転を打つ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
すさまじいスピードでキックが迫る。
しかし、
「ふんっ!」
バレットはすくみから自力で脱出して蹴りを避けた。
「なにっ!?」
グリフィンは何とか着地する。。
「な、おい、いまのどうやって―!」
「すくみを破られたんですよ。」
バレットとは別の声が答えた。姉とともに二匹の訓練を見ていたジンジャーだ。
「すくみを破った?」
「ええ。説明しましょう。」
ジンジャーがグリフィンのそばに来て解説を始める。
「いいですか、グリフィン。この技の要は気迫で相手の動きを一時的に封じること。」
「ああ。」
「ですが相手の気迫が自分より強かった場合、この技は決まりません。」
「そりゃ、ようするに…。」
「はい。今のこの気迫では弱すぎて簡単に突破されてしまうでしょう。」
「でもこの短期間でブレイクダイナマイトのまねごと間でできるようになるのは大したものよ。」
同じく見ていたカモミールが言った。
「荒削りだが面白いものを見せてもらった。」
バレットがいう。
「おっと、いけない。師匠に言われて薬草とりに行かなきゃならないんだった。」
「いいですかグリフィン。絶対に勝てないって相手に思わせることが基本です。」
ジンジャーはそれだけ言うと茂みに飛び込んで行った。
「さて、狩りに行くか・・・。」
バレットも狩りに行くため奥に消えていった。
「じゃ、あたしも・・・。」
「おい!待ってくれ!」
立ち去ろうとしたカモミールをグリフィンは引き留めた。
「なに?仲間とパトロールに行く約束なんだけど?」
カモミールがうるさそうに聞く。
「なあ、今度一緒に狩りに行かないか?二人だけで。」
「なにそれ?デートのお誘いかしら?」
「ああ。そうだ。・・・だめか?」
カモミールはふぅーと、ため息をひとつした後いった。
「言ったでしょ。あたしは自分より弱い雄は嫌いなの。」
でもとつなげ、こう言った。
「考えとくわ。気が向いたら、OKしてあげるかもよ。」
彼女は振り返らずにそういうと、あとは黙って去って行った。
グリフィンはというと、
「・・・よっしゃ・・・!!」
喜びを全身で噛みしめていた。
「・・・!」
ジンジャーはくわえていた薬草を落としてしまった。
「なんだ…この嫌な感じは…。」
何か体に悪寒が走る。と、近くに茂みが揺れてバレットが現れた。
「ジンジャー―。」
「バレット、いやな予感がする。キャンプに戻ろう・・・!」
「ああ・・・!」
「はっ!りゃぁ!でぇい!」
ゲシッ!バキッ!ドカッ!
グリフィンは敵を続けざまに蹴倒した。
「ちくしょう!ジンジャーもバレットもいねぇってのに!」
あの後、敵は前触れもなく現れた。前から思っていたが、コウモリ猫は気配を消すのがうまい種族なんだろうか?
「まあいい!蹴り飛ばすのみだ!」
グリフィンは敵陣に突っ込んでいった。
「さぁて、往生なさい!」
カモミールは決め台詞を言って敵に向かう。
「とぁ!たぁ!せやっ!」
カモミールは近づく敵を殴り飛ばし、組み付こうとした相手を巴投げで倒し、起きると同時に背後の敵に裏拳を浴びせ、背負い投げでしめる。
「-!はぁ!」
カモミールは今度は居合いの構えをとり、ジャンプしてきた相手にブレイクアッパーを浴びせた。
「はっ!はぁぁぁぁぁ!!」
カモミールは本陣に飛び込んで行った。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
「急げ!もうすぐだ!」
ジンジャーとバレットは全速力でキャンプに向かっていた。
(急がないと・・・。皆が危ない!)
「・・・はっ!」
嫌な気配にカモミールは気付いた。
「翼猫め・・・。邪魔なあなたから消して上げましょう・・・。」
キャンプ内にある立木の枝に座ったケートスがグリフィンに超音波矢を飛ばそうとしていた。一方グリフィンは自分の周囲の敵に夢中でケートスに気付いていない。
「ふふふ・・・さようならです。」
ケートスが超音波矢を発射する。
「危ないっ!!!!」
カモミールはとっさに体を投げ出していた。
・・・。永遠のような一瞬の後。
「がはっ・・・・・・。」
周囲に血が飛び散る。
「・・・う・・・あ、ぁぁ・・・。」
カモミールは膝から地面に崩れ落ちた。彼女はすんでのところでグリフィンをかばったのだ。
「っ!カモミール!!」
グリフィンがカモミールを抱き起こす。
「カモミール!しっかりしろカモミール!」
グリフィンが必死に呼びかける。
「は、・・・はぁ・・・グ・・・グリ・・・フィン・・・。」
視界がかすむ。胸に致命傷を受けたのだ。
「ああ、俺だ。ここにいる!」
涙交じりの声でグリフィンが答える。
「周、・・・りを、ちゃん、と…見なさいよ…まったく…。」
微笑交じりに話しかける。・・・あ、顔に何か落ちた。・・・しょっぱい。きっと彼の涙ね。
「おい、死ぬな!今度デートしてくれるんだろ?死ぬな!」
「…ごめん。守れそうにないや…。」
顔に落ちるしずくの量が増える。ほんとにごめんね。
「なあ、俺言ったよな!?あんたにカッコつけるって!俺はあんたにカッコイイとこ見せなきゃ駄目なんだ!!だから、・・・・だから生きてくれよぉぉ!!!」
「あはは・・・。」
思わず笑いがこぼれた。
「ばかね。あんたは、…もう、十分…。」
カッコつけてくれたじゃない。
彼の頬に触れる。あったかい。
「カモミール・・・?」
グリフィンの言葉は彼女に聞こえていなかった。今、彼女の脳裏に生まれてからの様々な記憶が甦っている。
父さん、ジンジャー、亡き母と、師匠。バレット、長老や部族の友達、そして―最後に見えたのは―
グリフィン。ごめんね。でも、大好きよ。
カモミールは目を閉じた。
「カモミール?カモミール!返事してくれよ!!かもみぃぃぃーるぅぅぅぅ!!!」
グリフィンは叫んだ。しかし彼女は何も答えず、何も反応しない。
あ、ああ・・・。逝ってしまった。彼女の体から温もりが消えていく。
「あ、・・・ああ・・・なんで、なんでだよ・・。」
茫然と口から出た言葉。答えは聞くまでもない。彼女は自分をかばったのだ。
(なんで・・・なんでだよ・・・。俺だった。死ぬのは、死ぬべきなのは、俺だったのに・・・!)
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ジンジャーはその光景が信じられなかった。
「ね、・・・姉さん?」
「カモミール・・・ばかな・・・。」
彼らがキャンプに到着して目にしたもの、それは戦場と化したキャンプ、そしてその美しい毛を血で赤く染めた姉と、泣き叫ぶグリフィンだった。
「姉さん!!」
ジンジャーは弾かれたように姉とグリフィンに駆け寄る。
「姉さん・・・!そんな・・・。」
姉が、かけがえのない姉弟が、死んでしまった?
「フンッ!味方をかばって自分が死ぬとは…愚かな女ですねぇ・・・。」
声のした方向にはあざけるような顔をしたケートスがいた。
「なんだと・・・!?」
「だってそうでしょう?自分の部族でもない流れものをかばって死ぬなど・・・愚か意外になんといえばいいのです?」
「よくも・・・!」
ジンジャーはそう言おうとしたが、先にグリフィンが言ってしまった。
「よくも・・・カモミールを・・・!」
その時のグリフィンの目は、完全に怒りと憎しみで満たされていた。
「ゆる、・・・せねぇ・・・。」
「許せねぇんだよ!お前らぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫びとともに、ジンジャーは姉の死と同じくらい信じがたいものを目にした。
「グォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
グリフィンの体が、変化していく。背中から禍々しい紫のオーラを放ち、体は若干筋肉質になり、四枚の翼は黄金色に変わった。後ろ足で立ち上がり、目の色が緑から血のような赤に変わる。そして、咆哮がやんだその時、先ほどの荒々しさが嘘のように鳴りを潜め、「それ」は姿を現した。
感情のない瞳、神々しくも禍々しい金色の翼、そして・・・背中のオーラから伝わる、戦いを知らぬものなら感じただけで発狂してしまいそうな、混じりけなき純粋な殺意・・・。
全ての命を滅ぼす静寂の魔神。
「超越新種、エクシードグリフィン」