旅の原点
グリフィン、ジンジャーバレットの三匹は縄張りのパトロールをしていた。
「うお、物騒な道だなここは。」
場所はキャンプからかなり離れたがけ。少し足元を注意したい場所だ。
「お前はいざというときは飛べるだろ。」
「まあ、そうだけどよ・・・。」
「俺の後についてきてください。いきますよ。」
三匹はそろそろと歩み始めた。
「ん?なんだあれ?」
下を覗き込んだグリフィンが言った。
「ん?ああ、あれですか・・・。」
ジンジャーも立ち止まって下をのぞき、説明する。
「あれはニンゲンが捨てて行ったものですよ。ときどき来るんです。」
「ニンゲンがねぇ・・・ってよく見つからなかったなお前ら!?」
「当たり前だ。ニンゲンはここまで登ってこれないからな。」
「登ってこれない?」
「グリフィンはこの山に入ったとき何か感じませんでしたか?」
ジンジャーに言われて思い返す。
「あ、ああ~。なんか飛んでるときに少しくらっときたような・・・。」
「それさ。お前は飛んでるからそれくらいですんだようだな。」
「どういうことさ?」
「俺たちも詳しくはわからないんですけど、この山にはそういうチカラをもった石やかけらが埋まってて、そのせいみたいなんです。」
「この山にそんなものが?ん、待てよおまえらのキャンプにあった皿って・・・。」
「はい、役立ちそうなものがあったら回収してるんです。」
「なるほどね・・・。」
(それにしても・・・。)
捨てられたごみ山を見てグリフィンは思う。
(思い出すな。あの場所を・・・。)
それは彼に残っている一番古い記憶。旅を始めるきっかけとなった日のことだった。
雨が降っていた。自分は壊れ、動かなくなった怪物や、鉄くずの中で一人、雨に打たれていた。何をしていたわけでもない。いや、たぶん死のうとしていたのだろう。
(俺は一体誰なんだ・・・?)
何度自問しただろう。だが答えは見つからない。何故なら記憶がないからだ。
記憶がないこと、それはすなわち居場所がないこと。耐えがたい孤独感の中に彼はいた。
彼は雨宿りしようとは思わなかった。
このまま雨に打たれていたほうがまだ何か自分に干渉してくれる気がしたから。
そして、・・・楽になれるから。
グリフィンは目を閉じようとした。だがそれは妨害された。“あの男”によって。
「やあ、どうした?こんな雨の中。」
気付くといつの間にか目の前に一匹の雄猫がいた。自分よりもっと濃いグレーの毛に、黄色の目をしていた。だが何より驚いたのは二枚の翼が生えていたことだ。
「あ、あんた!あんた俺のことを知ってるか!?」
半ば飛び付くようにして雄猫にたずねる。
しかし、望んだ返事は返ってこなかった。
「悪いが…俺は君を知らないな。」
グリフィンはがっくりと地面にヘタレこんだ。
「ああ、そうかよ。じゃあどっかいってくれ。」
「そうはいかないな。君は見たところ生後3カ月もたってないだろ?そんな子を雨の中ほっとくような真似はしたくない。」
「・・・。」
「君はこんなっところで何をしているんだい?」
「…。何もすることがなくて、何もわからなくて、何もしてない…。」
グリフィンはぶっきらぼうに答えた。彼は自分を知りたいが、同時に怖くもあったのだ。
自分を知ったり、誰かと接するのが。望んでいるのに、怖かった。
「怖がることはない。俺はアカツキ。世界を旅するさすらいの翼猫さ。」
「さすらいの翼猫?」
「ああ、俺の二つ名さ。ほら、こっちにこい。」
グリフィンは壊れた怪物の中に導かた。アカツキ、といった猫が毛の雨露をほろってくれた。
「…何か覚えていることは?」
「…ない。俺が誰で、何をしてたのかもさっぱりだ。」
「・・・そうか・・・。」
「・・・・・・。」
「なら、こう呼ぼう。“グリフィン”。」
「グリフィン?」
「ああ。グリフィンっていうのは鷲の頭と前足、翼をもち、ライオンの胴をもった生き物さ。」
「そんな生き物がいるのか?」
「いや、お話のなかだけに登場する生物さ。」
「・・・でなんでおれの名前がグリフィンなんだ?」
「いいか、ライオンは陸の王。鷲は空の王。どちらもとても強い生き物だ。」
「今の君はとても弱弱しい。グリフィンの様に強くなってほしいからさ。」
「-!」
「それと・・・さすらいの翼猫の名も君に譲ろう。」
「なっ!?それはいい。あんたの二つ名なんだろ!?」
「はっはっは。俺もそろそろ年でね。旅にもそろそろ見切りをつけようと思ってたのさ。」
「だから、お前が継いでくれないか?この名を。」
「・・・よしてくれ。俺にはまだ早い。」
「似合う男になれ。そして見つけるんだ。旅の中で、お前が大切にしたいものを。」
雨が上がると奴はすぐに飛んで行った。
“さすらいの翼猫”に“グリフィン”だなんてごたいそうだと思ったがそれでも、そう。
俺は生きたいと思った。
(あれが俺の始まりだったんだよな。)
「グリフィ~ン!おいてきますよ~!!」
「ああ、すぐ行く!!」
“二代目”の旅はまだ、始まったばかりだ。