白い狼
スクワーレルフライトは、駆けた。三匹で横に並び、走った。
ふと、ホーリーナイトが立ち止まり、耳をぴんと立てた。
「どうしたの?」
スクワーレルフライトは振り返り、たずねた。
「・・・今、猫の悲鳴が聞こえなかったか」
「僕にもきこえた」
ニコルも言う。
スクワーレルフライトは目を瞠った。
自分には、何もきこえなかった。本当だろうか。
「本当に?」
「ここからは、少し離れた場所からだよ」
ニコルが答える。
「・・・行こう」
そういうと、ホーリーナイトは駆け出した。
ニコルもそれに続き、スクワーレルフライトも遅れないように走り出した。
十分ほど走ったところで、スクワーレルフライトにも争いの音がきこえてきた。
その途中でもホーリーナイトとニコルには聞こえていたようで、場所を正確に言い当てた。
争っている場所が近くなったところで、バキバキと木の枝を折りながら、何者かが去っていった音がきこえた。
スクワーレルフライトたちは少し開けた場所へ飛び出した。
そこには、ファイヤスターが送り出したグレーストライプが率いる捜索隊と、おびえきってうずくまっているレッドキットとミスティキットがいた。
うち、ホワイトクローとブラクンファーがひどい傷を負っていて、横たわっていた。
体のあちこちから血を流し、ホワイトクローに関してはしっぽの先が食いちぎられていた。
「グレーストライプ! いったい何が?」
スクワーレルフライトはグレーストライプに問うた。
グレーストライプとブランブルクローは比較的軽傷で、おびえた仔猫をなだめていた。
「ブランブルクロー、リーフプールを呼んできてくれ」
グレーストライプはブランブルクローにそう指示し、ブランブルクローがキャンプへもどるのを見送ってから、スクワーレルフライトへ向きなおった。
グレーストライプの目は、まだ恐怖に光っているように見えた。
「…白い犬のような生き物がフロストキットをさらっていった。しかし、犬とは大きさが比べ物にならない」
「そんな!」
「俺たちが見つけたときには、フロストキットだけでなくこの二匹も襲おうとしていた。そこに飛び込んで、戦ったが、強かった。あのまま最後まで戦っていたら、全滅だったと思う」
「フロストキットを助けにいかなきゃ!」
スクワーレルフライトはそう言ったが、グレーストライプは首を横に振った。
「俺たちだけじゃ無理だ。……それに、俺たちが来たときには…フロストキットは、もう」
そういうと、二匹の仔猫の頭をなめ、落ち着かせた。
「もうすぐ、帰れるよ」
スクワーレルフライトは気を確かにたもとうとした。
あの夢の生き物がついに姿を現した。
これでサンダー族で三匹の猫が犠牲になっている。
後ろで、ホーリーナイトが静かに話しだした。
「グレーストライプ、少しお尋ねしてもよろしいですか?」
グレーストライプが黒猫に目を向ける。
「何だ?」
「その白い犬のような生物の特徴を、教えていただけますか」
グレーストライプは首を傾げた。
「そんなことを知ってどうする。いますぐ戦うわけじゃないんだ」
ホーリーナイトはスクワーレルフライトの後ろから進み出た。
「その生物の正体を知っているかも知れません」
スクワーレルフライトは息を呑んだ。
グレーストライプも同じように息を呑んだ。
「…全身、混じりけのない雪のような白い毛でおおわれていて、目は黄色。右耳に傷跡が見えた。犬のようで、犬ではないにおいがして、体が大きかった」
スクワーレルフライトは、その言葉を聞いてさらに確信を深めた。
白い毛に黄色い目。
まさにあの夢の通りだ。
ホーリーナイトは、それを聞いて少し考え、ニコルと目を合わせ、また静かに口を開いた。
「…それは、狼という種族の生物だと思います」
スクワーレルフライトは、はじめて聞く言葉に首をかしげた。
そのような名前の種族は聞いたことがない。
グレーストライプが何か口を開こうとした時、ブランブルクロー、リーフプールが薬草をくわえてやってきた。
続いてウィングフット、ナイトファングがやってきた。
「リーフプール、あっちにホワイトクローとブラクンファーが」
スクワーレルフライトがそういうと、リーフプールはうなずき、重傷を負った二匹のところへ向かった。
ウィングフットがナイトファングと一緒に、仔猫二匹へ駆け寄ってきた。
「ああ、私の子供たち…」
そういうと、仔猫たちにほおずりをする。
すると、フロストキットがいないことに気づき、グレーストライプを見た。
「フロストキットは?」
グレーストライプは静かに首をふる。
「さらわれてしまったんだ」
ウィングフットは目を見開いた。
「そんな…冗談でしょう? うそだといって、グレーストライプ!」
グレーストライプは黙って首を振った。
ウィングフットは二匹の仔猫を守るようにかきだいた。
その目はショックで見開かれていて、仔猫たちに身を寄せながら、どこかを見ていた。
ナイトファングはそんなウィングフットをつつき、言った。
「キャンプに戻りましょう、ウィングフット。ここにいては仔猫たちが危険です」
そういうと、ミスティキットをくわえあげた。
ウィングフットはうつろな目のままレッドキットをくわえあげ、ナイトファングに支えられながらキャンプへもどっていった。
「グレーストライプ、ホワイトクローとブラクンファーをキャンプへ運んでもらっていいでしょうか。ここでは簡単な応急処置しかできません」
リーフプールがホワイトクローのしっぽにくもの巣を貼り付けながら言う。
「ああ。ブランブルクローと…ニコルに二匹を運んでもらおう」
そういうと、二匹を見た。
「頼む」
ブランブルクローとニコルは少し驚いたようだった。
それぞれ別の意味で。
「僕はそんな大切なことを頼まれてもいいんですか? 捕虜なのに?」
グレーストライプが答える。
「今は緊急事態だ。おまえも、こんなときに世話になっている部族を裏切るようなことをしない猫だろう」
「もちろん、そんなことはしません」
ニコルはきっぱりと断言した。
「グレーストライプ、本気ですか?」
ブランブルクローがたずねる。
「捕虜にサンダー族の戦士を運ばせるんですか?」
グレーストライプはブランブルクローを一瞥する。
「今、ニコルは裏切るようなことはしないと断言した。俺は信じる」
そういって、ニコルへ目線を移す。
「裏切るようなことをしたら…ただではすませられない。それは分かるな」
ニコルはうなずき、グレーストライプが横たわっている二匹のほうへあごをしゃくったのを見てブランブルクローとニコルが二匹の首筋をくわえあげる。
その二匹の後からリーフプールがついてキャンプへもどっていく。
「俺たちももどろう。ファイヤスターに報告しなければ」
そういうと、グレーストライプは先に歩きだした。
スクワーレルフライトも後に続き、歩きだした。
が、後からホーリーナイトがついてこないことに気づいて振り返った。
「ホーリーナイト?」
ホーリーナイトは目線を地面へ落とし、黙り込んでいた。
スクワーレルフライトは駆け寄り、もう一度呼びかける。
「ホーリーナイト、どうしたの? グレーストライプ行っちゃうわよ」
スクワーレルフライトの声にホーリーナイトがゆっくり顔をあげた。
「…悪い」
そういうと、立ち上がり、歩きだした。
その後についていきながら、不思議に思った。
何か、考え事をしていたのだろうか。
その、“おおかみ”とかいう生物のことか?
「はやく来い。できるだけ早くファイヤスターに報告するんだ」
少し離れたところからグレーストライプの声がした。
二匹は少し駆け足になり、グレーストライプに追いついた。
キャンプへもどると、猫たちはまだざわついていた。
仔猫が足りないことにきづいたのだろう。
それか、もう何が襲ってきたのか聞いたのだろうか。
「二匹も一緒に、ファイヤスターに報告しよう」
グレーストライプを先頭にファイヤスターの部屋へ向かった。
「ファイヤスター、俺だよ」
グレーストライプの声にすぐにファイヤスターの返事がかえって来た。
グレーストライプが入り、スクワーレルフライトとホーリーナイトが続く。
三匹が部屋に入りきる前に、ファイヤスターは話し始めた。
「グレーストライプ、仔猫を見つけてくれてありがとう。詳しいことを報告してくれ」
グレーストライプが話し出す。
「白い生物が、仔猫たちを襲っていた。俺たちはすぐに助けに入った。だが、歯がまったくたたなかった。俺とブランブルクローは軽傷ですんだが、ホワイトクローとブラクンファーがひどい傷を負ってしまった」
そこまで一気に話し、一息ついた。
ファイヤスターが口をはさむ。
「その白い生物はお告げの」
そこまでいうと、グレーストライプはうなずいた。
グレーストライプもファイヤスターにおりたお告げを聞いていたのだろう。
グレーストライプがふたたび口を開く。
「俺とブランブルクローはいったん距離を置いたとき、その生物はフロストキットをくわえ、去って行った。その時には、フロストキットはもう息をしていなかった」
ファイヤスターは悲しげに首を振る。
「またひとつの命が犠牲になってしまった」
そういったあと、すぐにはっきりした顔に戻った。
「その白い生物の特徴を。初めて姿を現したんだ」
グレーストライプが口を開く。
「全身白い毛に、黄色い目、右耳に傷。犬に似ているが、大きさが比べ物にならなかった」
それをきき、ファイヤスターがうなずく。
「お告げとほぼ変わりないな。お告げの内容と見て間違いないだろう」
そして、首をかしげる。
「犬に似ていて犬ではない? なんだそれは?」
「そのことについて、ホーリーナイトが何か知っているようだ、ファイヤスター」
グレーストライプはそういうと、後ろにいるホーリーナイトにしっぽで前に出るよう指示した。
ホーリーナイトが静かに前へ出る。
「どういうことだ?」
ファイヤスターが顔をしかめる。
グレーストライプがホーリーナイトにうなずきかける。
静かにホーリーナイトが話し始めた。
「結論から申しあげますと、それは狼という種族だと思います」
「おおかみ・・・」
ファイヤスターがつぶやく。
「はい、狼です。それが犬に似ているのは、犬は狼が人に飼いならされた生物だからです」
ホーリーナイトの言葉に、ファイヤスターが問いかける。
「犬の仲間なのか?」
「仲間というよりは、なんといいますか…犬の基が狼です。狼が<二本足>に慣れ、飼われるようになって犬になったのですから」
「ならば、犬とどう違うのか具体的には?」
「犬より、体が大きいです。それに、攻撃力が相当高いです。犬とは比べ物にならないくらい」
グレーストライプがうなずく。
「なるほど。確かに攻撃力が強かった」
「しかし、少し気になることが…」
ホーリーナイトが言葉をにごす。
ファイヤスターが首をかしげる。
「何だ?」
「普通、狼というのは白い毛ではないのですが・・・。灰色か、黒に近い色をしているんです」
「そうか…」
ファイヤスターはいい、続けた。
「それはそうとして、何故、おまえはそんな生物のことを知っているんだ?」
「俺とニコルが住んでいた国には、狼がいました。いやでも、遭遇することが多かったんです」
「そうか、情報をありがとう、ホーリーナイト」
ファイヤスターはそういい、ホーリーナイトにうなずきかけた。
「狼について詳しい話を聞きたいところだが・・・今は部族内の猫たちに危険を知らせるほうが先だ。白だろうと黒だろうと脅威には変わりないのだから」
そういうと、立ち上がった。
「報告ありがとう、三匹とも」
ファイヤスターはそういいのこし、ハイレッジへのぼっていった。
そして部族猫たちに呼びかける。
集会を始めるのだろう。
グレーストライプはファイヤスターについてハイレッジをあとからのぼっていった。
残された二匹も部屋から出、ファイヤスターが演説している中を看護部屋へ向かった。
リーフプールもニコルも集会には参加していない。看護部屋へいるのだろう。
しかし、ブランブルクローは参加していた。
空き地を横切りながら、このごろ少し話してくれるようになったホーリーナイトにスクワーレルフライトは話しかけた。
「ねぇ、なんで、狼が白いとおかしいの? 猫もたくさん柄があるし、犬だっていろんなのがいるわ」
ホーリーナイトはまっすぐ前を見ながら言葉を返す。
「…俺がいた国にいたとき、白い狼について聞いたことがある」
それだけいうと、看護部屋へ入っていった。
スクワーレルフライトも後から続く。
なかに入ると、リーフプールがあわただしく動き回っていた。
ブラクンファーの治療がおわり、ホワイトクローの治療に入っていた。
「リーフプール、何か手伝うことはある?」
そう言ったスクワーレルフライトを振り返ることもせず、せっせと働きながらリーフプールは言葉を返した。
「大丈夫よ」
スクワーレルフライトはその場に座り、怪我をした二匹の様子をみた。
ブラクンファーは寝ていたが、もう意識を取りもどしたらしく、ミズゴケをなめた後があった。
ホワイトクローはまだ意識を失ったままだ。
スクワーレルフライトは二匹並んで座っているモノトーンへむいた。そして、言った。
「ホーリーナイト、その白い狼のことを聞かせてくれない?」
その言葉を聞いたとたん、ニコルがはっとした。
そしてホーリーナイトへ言う。
「やっぱり、あれはそいつなのかい?」
ホーリーナイトはうなずいた。
「多分そうだろう」
スクワーレルフライトは自分が取り残されているような感じがして、混乱した。
「何? ニコルも知ってるの?」
「僕たちの出身の国は、狼はたくさんいるんだ。僕も狼に遭遇したことがある」
ニコルの言葉を聞いて、ホーリーナイトの言葉を思い出した。
そうだった。
ホーリーナイトはファイヤスターにそう言っていた。
「じゃあ、何でそんなに驚いてるの?」
スクワーレルフライトはニコルにたずねた。
「狼にはよく遭遇したけど、灰色か黒色の狼だったんだ。それに、確かに狼は強いけど、あの二匹の傷を見ると」
そういってしっぽでホワイトクローとブラクンファーをさした。
「あれは、ただの狼じゃないよ」
「え、なら、何なの?」
スクワーレルフライトは聞き返した。
ニコルは一息ついて、続けた。
「僕たちの出身の国には、ある言い伝えがある」