赤い空
スクワーレルフライトは、ものすごく大きい地鳴りのような音に目を覚ました。
そして、がばっと起き上がった。
周りを見ると、他の戦士たちも目を覚ましていた。
「これは何の音だ!?」
レッドイヤーが音に負けないように叫ぶ。
「分かりません!」
スクワーレルフライトはそう叫び、戦士部屋から飛び出した。
後から他の戦士たちも出てきた。
音がやんだ。
そして一同に驚いた。
「……なんだこれは」
後から出てきたゴールデンクラウドがつぶやいた。
そしてその後を引き継ぐようにラシットテイルが言う。
「空が赤い……!」
スクワーレルフライトはあいた口がふさがらなかった。
空が赤い。
血に染まったような赤色をしている。
西の空を見ると、時間的には夜中だというのに、真っ赤な夕日が顔を出していた。
普通の夕日より赤色が比べ物にならない。
キャンプのあちこちから猫が出てきた。
そして驚き、ざわめく。
キャンプ内はたちまち混乱した。
立ちすくむスクワーレルフライトに、ニコルとホーリーナイトが走ってきた。
「ホワイトスレットだ!!!」
ニコルが叫ぶ。
スクワーレルフライトはハッと我にかえり、口を開く。
「さっきの音は? それに、この空は?」
「ホワイトスレットだ!」
ホーリーナイトがニコルの言った言葉を繰り返す。
「さっきの音はホワイトスレットの遠吠えだよ。この空は言い伝えの赤い空だ!」ニコルが話す。
リーフプールが駆け寄ってきた。
「この空の色は!」
ホーリーナイトがリーフプールを振り返りうなずく。
スクワーレルフライトは、恐怖に足がすくんだ。
やはり、ホワイトスレットだったんだ。
「ファイヤスターのところへ行きましょう!」
リーフプールが先立って走り出した。
後ろからニコル、ホーリーナイトと続く。
スクワーレルフライトはショックで足取りがおぼつかなくなっていた。
その様子を見て、ホーリーナイトがもどってきた。
「無理するな」
そういうと、スクワーレルフライトの目をのぞきこんできた。
その目があまりにまっすぐで、スクワーレルフライトは直視できなかった。
「座っててもいいぞ」
スクワーレルフライトは頭をはっきりさせるように首を振った。
「いえ、いいわ。大丈夫。私も行く」
そういうと、ふたたび走り出した。ホーリーナイトが横を走る。
少し先で待っていてくれた二匹と合流し、ファイヤスターの部屋へ向かった。
が、ファイヤスターはもうすでに部屋からでており、赤い空を見上げていた。
「ファイヤスター!」ニコルがファイヤスターを呼ぶ。ファイヤスターが振り返る。
「ニコルか」
「ファイヤスター、これは、ニコルの言い伝えを信じた方がいいと思うわ。スター族様もこの世のものではないとおっしゃっていたのよ」リーフプールが言う。
「そうかもしれない。だとしたら、やはりこの空の色は」
ファイヤスターの先をニコルが引き継ぐ。
「ホワイトスレットの力です。先ほどの音は、ホワイトスレットの狼特有の、遠吠えです」
ファイヤスターがうなる。
「どうしたらいい」ひとり言のようにつぶやいた。
ホーリーナイトが進み出た。
「ホワイトスレットの力は、赤い空である今が最大の力となります。ホワイトスレットはその機会をのがしはしないでしょう」
ファイヤスターは顔をあげた。
「来る…か」ニコルとホーリーナイトがうなずく。
「ファイヤスター、皆に言ってあげなきゃ。皆混乱してる」
スクワーレルフライトはそういった。
ファイヤスターはうなずいた。
その時の顔は、先ほど悩んでいた猫の顔でなく、部族の族長の顔だった。
「スクワーレルフライト、長老たちと子猫たちを保育部屋へ集めろ。その入り口を戦士たち数匹で守るんだ」そういうと、ハイレッジへのぼった。
ファイヤスターが呼びかける必要もなく、猫たちはハイレッジの下へ集まっていた。
「皆、よく聞いてくれ。オークファングとブラックポー、フロストキットの命を奪った白い狼が来る!! この赤い空は、その狼の力だ!」
「“おおかみ”ってなんだよ?」ダストペルトが叫び返す。
「犬より大きく、強い生き物だ!」
ファイヤスターはそういうと、続けた。
「この赤い空の今が、白い狼の力が最大な証拠なんだ! だから、そいつは襲ってくるはずだ!」
ファイヤスターがそういった時、またさっきの地鳴りのような音が響いた。
ざわめきだした猫たちをファイヤスターが落ちつかせる。
「落ちつけ! これは白い狼の遠吠えだ!」
そういうとしっぽをサッと振った。
「グレーストライプ、ブランブルクロー、クラウドテイルを頭に戦士たちは部隊を組め。キャンプを守るんだ。子猫と長老たちは保育部屋へ避難しろ! 保育部屋はスクワーレルフライトとナイトファング、ラシットテイルで守れ」
ファイヤスターが言い終わった時、地鳴りのような遠吠えが強さを増した。
振動が伝わってくる。
「急げ! やつはいつやってくるか分からないんだ!!」
ファイヤスターが指示を飛ばす。地鳴りはやんだ。
指示を受けた猫が猫たちの間を走り回る。
自分も動かなくては。ナイトファングとラシットテイルを探そう。
「私、行くね」スクワーレルフライトは三匹にそういった。
白、黒、茶の三匹がうなずく。
それを確認してスクワーレルフライトは駆け出した。
ナイトファングとラシットテイルはすぐに見つかった。
向こうもこっちを探していたからだ。
三匹は長老たちを集めた。
「この騒ぎはいったい何なんだい?」方耳に傷のあるグレーハートが、のんびりとたずねた。
ラシットテイルが答える。
「さっきのファイヤスターの話を聞きましたよね? 白い狼がここを攻めてくるんです」
グレーハートがのんびりと返す。
「おおかみぃ…? そういえば、昔そんな名前を聞いたことがあるような気がするのう」
ナイトファングがグレープールのわき腹をつつき、せかす。
「さあ、行きましょう。いつくるか分からないんですから」
スクワーレルフライトたちは他にいた三匹の長老たちもせかし、保育部屋へと導いた。
保育部屋には、仔猫たちが母猫の周りを飛び回っていた。
「ねえ、さっきの音ってなんなの?」
「すごい音だったねー耳がおかしくなりそうだった!」
レッドキットとミスティキットが口々に騒ぐ。それをウィングフットがしかる。
「静かになさい。今は、それどころじゃないのよ」
スクワーレルフライトは声をかけた。
「すみません、長老たちを連れてきたんですが、保育部屋へ避難させていただいてもいいですか?」
ウィングフットが振り返る。「ええ、いいわよ」
それをきいて、ナイトファングとラシットテイルが長老たちをつつく。「さあ、入ってください」
スクワーレルフライトは長老たちが通る場所をあけた。
長老たちが保育部屋へ入っていくのを横目で見ながら、スクワーレルフライトは空を見上げた。
空は相変わらず赤い。
赤い空を見ていて数時間ほど前のことを思い出した。
リーフプールと月の池へ行ったときのことだ。
あの時、なかなか日が沈まず、空は夕日に赤く染まっていた。
あれは、この予兆だったのかもしれない。
「長老たちは皆入ったよ」後ろからラシットテイルがそういった。
スクワーレルフライトは少し驚いて、返事を返した。「あ…分かりました」
「どうかしたのかい?」
ラシットテイルは不思議そうに言った。
「いえ…少し、考え事をしてただけです」
スクワーレルフライトがそういったとき、ナイトファングが保育部屋から出てきた。
ナイトファングが何か言おうと口を開いた時、地鳴りのような遠吠えがふたたび鳴り響いた。
スクワーレルフライトは身を縮めた。
この遠吠えは先ほどのどの遠吠えより、大きく、恐ろしいものだった。
それは十秒ほどでやみ、恐ろしいほどの静寂が訪れた。
続いて、そう遠くないところから枝のバキバキ折れる音がきこえた。
荒い息が聞こえる気がする。
「来るぞ!!」
ファイヤスターが叫んだ。
それと同時に、キャンプの入り口が壊された。
スクワーレルフライトは息を呑んだ。
「ホワイトスレット!」