カラス
「ファイヤハート! 今日は何を教えてくれるんですか!」
元気いっぱいのシンダーポーが待ちきれない様子で尋ねる。
「今日は、獲物に忍び寄る訓練をしようか。」
ファイヤハートが、戦士たちの寝床から出てきて言う。
「ちょうど天気も良いようだしね。」
空は青く、雲が丁度よく少しだけ出ている。
「天気が良くったって忍び寄る練習は同じですよ!早く行きましょう!!」
シンダーポーは、1分1秒が惜しいようで、指導者のファイヤハートを急かしている。
「今行くったら。 急いだって森の獲物は減ったりしないよ。」
そう言って、サンダー族のキャンプの出入り口を潜ろうとした。
「おい! ファイヤハート!」
いきなりファイヤハートは野太い声に呼び止められ、心臓が止まりそうになる。
「タイガークロー、なんでしょうか?」
サンダー族の副長、タイガークローに向きなおって聞き返す。
シンダーポーは、ファイヤハートが呼び止められたのを見て、そのまま先にキャンプから出て行ってしまった。
「昨日の夜は風が強かったようだ。 落ち葉がキャンプの前に積もってしまった。 除けてから見習いの指導に行くように。」
タイガークローは、頼む、というより命令してどこかへ去って行ってしまった。
「なんで僕が、もう戦士になったんだからこういう仕事は見習いに言えよ。」
そう呟いたが、サボって怒鳴られるのはもっと厄介なので、しぶしぶ落ち葉を除けることにしておいた。
やっぱりタイガークローのやり方や言い方は気に喰わない。
ファイヤハートはキャンプを出た。
タイガークローの言った通り、キャンプの入り口の周りには落ち葉がかなり積もっていた。
それを前足で掻き出していると、背後からシンダーポーが飛び乗ってきた。
「ファイアハート! 遅いですよ! 私がその気になればネズミを10匹は捕まえられちゃいますって!」
「うぐぐ・・・ 重いよ。 降りてくれ。」
ファイアハートは、シンダーポーを背中に乗せたまま踏ん張っていたが、しばらくすると崩れてしまった。
「はやく忍び寄り方を教えて下さいよ!! まだ鳥に忍び寄る方法を習ってないんですから!!」
ファイヤハートの上でシンダーポーが足踏みする。
「降りないと教えられないだろ。 それに落ち葉も掻き出さなきゃいけないんだ。」
「じゃあ私も手伝います!」
「そのまえに降りろったら!!」
シンダーポー、やっと降りる。
「キャンプの前だけでいいからな。 急いでやろう。」
そんなに大変な仕事でもないので、すぐに終わった。
「じゃあどこで訓練をするんですか!?」
シンダーポーは無邪気に聞く。
「じゃあ、フクロウの木の近くでやろうか。」
ファイヤハートが走る。 シンダーポーが追い抜かす。 それを見たファイヤハートがまた追い抜く。
「いずれ勝てるようになるさ!」
「今すぐにでも勝ってみせます!!」
ファイヤハートに再びシンダーポーが追いつく。ファイヤハートは追いつける程度のスピードで走り続ける。
しかし、シンダーポーは結局、ファイヤハートに追いつくことができなかった。
そうして、ファイヤハート達は、フクロウの木に到着した。
フクロウの木の周りに、キャンプのように落ち葉が溜まって山になっている。
「静かにしていろよ...?」
ファイヤハートはシンダーポーに大きな声で質問される前に先に言った。
「ハトとかが近くにいたらすぐに逃げてしまうからな。 何か匂うかい?」
シンダーポーは、辺りを嗅いで、
「フクロウのいやな匂いがします・・・。」
「今は獲物はいないようだな。 じゃあまず基本を教えよう。」
ファイヤハートが見本をみせれば、シンダーポーが見よう見まねで真似をする。
そして細かい個所をファイヤハートが注意する。
シンダーポーの飲み込みが早かったので、もう獲物を狙えるだけになった。
そして丁度、
「ファイヤハート!空に鳥がいますよ!」
「空に?」
空には、1匹のタカが飛んでいた。
輪をかいて飛んでいる。
「きみはスター族みたいに空を走ってあのワシを捕まえに行くのかい?」
「そっか。 あの鳥は降りてきますか?」
「降りてくるなら獲物を狙ってるときだろう。それが子猫っていう時もあり得るからな。 その時には一族を守らなくちゃならない。」
「わかりました!」
「ワシも、捕まえる機会があったら捕まえてもいいかもな。」
「美味しいんですか?」
「いや、食べたことない。」
「ですよね。」
ワシは相変わらず空を舞っている。
「ところで、落ち葉の山の中にネズミっていると思いますか?」
シンダーポーは落ち葉の山を嗅ぎながら言った。
「匂いはするかい?」
「ネズミの匂いはしないです。」
「いないみたいだね。 中に入っても良いことはないだろうね。 いまから戻って、一族のみんなにワシが飛んでいた。っていうことを警告しに行こうか。」
「はい!」
そう言って、シンダーポーは再びワシを見上げた。
「あ!ファイヤハート、見てくださいよ。 カラスですよ!」
そう言われて空を見上げると、ワシに向かって黒い鳥が向かっている。
しかし、カラスにしては少し変だった。
「カラス、なのか?」
よく見れば、羽ばたいていない。 しかも羽がない。
「カラスですよ。 カラス以外に何かあります?」
「う~ん・・・ でもなぁ・・・。」
カラスは、飛ぶというより、走っていた。
真っ直ぐにタカに向かって走っている。
・・・ように見える。
「カラスとタカってどっちが強いんですか?」
「多分、タカじゃないかな。 見たこと無いからわからないけどね。」
そして突然。空からギャーーーっというゾッとする声が落ちてきた。
猫の鳴き声ではない。
空を見れば、タカとカラス(?)が戦いを始めていた。
タカの羽が散り、舞い降りてくる。
ファイヤハートは驚き、黙って見ていたが、一番騒ぎそうだったシンダーポーも黙っていた。
黒い生き物が再びタカに襲い掛かる。
離れていてわからないが、もう、カラスではないと分かる。
タカの悲鳴。
タカが羽ばたき、黒い生き物と距離をとる。
そのとき、ファイヤハートには、黒い生き物の正体がわかった。
しかし、それはありえなかった。
決して・・・。
黒い生き物は、空中に、座っていた。
羽根を動かす以前に、羽根など無く、何も動かすことなく、空中に静止しているのだった。
その生き物とは、猫だった。
自分自身や、この森の生き物と同じ。猫。
黒い猫は、空中に"座って"いるのだ。
ゆっくり、尻尾を振りながら・・・。
「あ! タカが戻ってきました!」
シンダーポーの声で我に返る。
シンダーポーは、まだあの猫をカラスだと思ってるらしい。
タカは黒猫に向かって一直線に飛んだ。
黒猫、ひらりと跳んで避ける。
そして、何もないはずの空中に"着地"をした。
ファイヤハートとシンダーポーは息をのんで見守っていた。
もっとも、シンダーポーはまだカラスと思っているのだが。
タカが甲高い声を上げて再び黒猫に襲い掛かる。
今度はタカが早かった。
タカは、黒猫に一撃を与え、黒猫は横っ腹に一撃を受けた。
タカは上空へ飛び去る。
黒猫は墜ちる。
「わあああああああああああああああああああっ!!!!」
悲鳴をあげながら・・・。
黒猫は、落ち葉の山の上に落ちて、落ち葉を巻き上げた。
舞いあがった落ち葉はファイヤハートやシンダーポーの周りに舞い降りる。
「今ならカラスを捕まえられますね!!」
シンダーポーはそう言って落ち葉の山に駆け出した。
「お、おい!! 待てよ!!」
止めてももう遅い。
シンダーポーが、落ち葉の山に飛び乗る。
シンダーポーが飛び乗る直前に、落ち葉が再び舞い上がった。
そして、
黒猫が姿を現した。