言い伝え
「僕たちの出身の国には、ある言い伝えがある」
ニコルはそういった。
「言い伝え?」
スクワーレルフライトが聞き返す。
ニコルがうなずき、続ける。
「神には、弟子がたくさんいる」
リーフプールはブラクンファーの治療をしながら、その話を聞いた。
「そして百年に一度、神がたくさんいる弟子の中の一人を、この世にをよこす」
「…それはホワイトスレットと呼ばれ、何かの動物の姿をかり、白い姿で現れる。それは不思議な力を持ち、赤い夜をもたらす」
そういうと、一息ついた。
「この言い伝えは親から子へ代々受けつがれてきたんだ」
リーフプールはホワイトクローとブラクンファーの治療を終え、スクワーレルフライトのもとへ行き、隣に座った。
「その話は…本当の話なの?」
リーフプールはたずねた。
「今から約百二十年前、僕たちが生まれる前だからよく知らないけど、その時は白い蛇となって現れた…と聞いたことがあるよ」
ニコルがそれに答える。
スクワーレルフライトが口をはさむ。
「その神の使いの目的は、何なの?」
ニコルがそれを聞き、口ごもる。
「それは…」
「…増えすぎた生物の調整。だから、その使いは目的の生物をねらう」
口ごもったニコルに代わり、ホーリーナイトが抑揚のない声で言う。
リーフプールとスクワーレルフライトは絶句した。
今、サンダー族で三匹、リヴァー族でも一匹の猫が命を落としている。
つまり、今回その使いがねらっているのは……。
「でも、お告げでは、『はぐれ者』って言ってたわ」
スクワーレルフライトは言う。
「それは、君たちのご先祖様から伝えられたことだよね?」
ニコルが問う。
「ええ」
「たくさんいる使いの一人だから、『はぐれ者』と表現したんじゃないかな」
リーフプールとスクワーレルフライトは顔を見合わせた。
怖い。
「…その話、ファイヤスターに話したほうがいいんじゃないかしら」
リーフプールは言った。
「…そうだね。後で行くよ」
ニコルがそう答えるのを聞きながら、リーフプールはスクワーレルフライトの毛が逆立つのを見た。
「私たち、殺されちゃうの?」
ホーリーナイトがちらとスクワーレルフライトに目を向ける。
「神様の使い相手に、猫に勝機なんてあるの?」
スクワーレルフライトの言葉に、誰も答えるものはいなかった。
沈黙が流れる。
その場を取り繕うようにニコルが立ち上がり、妙に明るい声で言う。
「あ、えと。僕、ファイヤスターのところに行ってくるよ」
そういって、看護部屋を出て行った。
ホーリーナイトも、看護部屋を出て、自分の場所へもどっていった。
「私たち、どうなるのかな」
スクワーレルフライトがつぶやいた。
リーフプールは妹に身を寄せて、しっぽを絡める。
「分からない。でも、希望を失っちゃいけないわ」
スクワーレルフライトはうなずいた。
「ごめん、取り乱しちゃった…。そうよね。今絶望しててもどうにもならないわ。私がバカだった」
そういうと、スクワーレルフライトはまばたきをした。
「ありがとう、リーフプール」
リーフプールは身を離し、座りなおした。
「まだ、絶望するには、早いのかも知れないわよ。だって、ニコルたちの故郷の国の言い伝えだもの。ここは違う国よ」
そういって、軽く笑った。
スクワーレルフライトも少し笑った。
「スクワーレルフライト、気晴らしでもしてきたら?」
リーフプールはそう提案した。
スクワーレルフライトはうなずいた。
「そうね。狩りでもしてくる」
そういうと、看護部屋を出ていった。
リーフプールは考えた。
さっきの、ニコルの話は本当なんだろうか。
もし本当なら、かなり危険な話だ。
スター族は、あれから何もお告げは下さっていない。
考えこんでいると、看護部屋の入り口から声がした。
「リーフプール?」
ストームクラウドだった。
リーフプールは考えを中断して、そちらへ顔を向けた。
「ストームクラウド、どうしたんですか? 怪我でも?」
ストームクラウドは部屋へ入ってきた。
「いや、ホワイトクローとブラクンファーの様子を見にきた。怪我をしたって聞いたからな」
リーフプールは奥へつながる道をあけた。
「どうぞ。ホワイトクローはまだ意識を取りもどしていませんが」
ストームクラウドはうなずき、奥へ入った。
そして、ホワイトクローの横へ座り、ホワイトクローの毛づくろいをしだした。
リーフプールは看護部屋を出た。
思いついたことを実行するためだ。その途中、ニコルとすれ違った。
「ニコル。ファイヤスターは何と?」
ニコルは渋い顔をした。
「信じてくださらなかった。まぁ、確かに他の国の言い伝えなんか信じないのも不自然じゃないけど…」
「そう…。でも、その言い伝えとは違うとはいえないの? ほら、ここは違う国よ」
ニコルにそう言ってみた。
「確かに、違う可能性も充分あるよ。でも、白い狼なんてそういないし、タイミングも…」
そういって、首を振った。
「ファイヤスターも、警戒はしてくださるそうだし、ここはファイヤスターが族長だから、尊重するよ」
そういうと、しっぽをサッと振った。
「リーフプールも言い伝えのことは、忘れて。スクワーレルフライトにも、そういっててくれないかい?」
リーフプールはうなずいた。
しかし、忘れる気はなかった。
ニコルは、そのままホーリーナイトのいる場所へ歩いていった。
リーフプールはファイヤスターの部屋の前に来た。
「ファイヤスター、リーフプールよ」
「何の用だい?」
ファイヤスターの返事が聞こえ、リーフプールは中へ入った。
ファイヤスターはしっぽの毛づくろいをしていた。リーフプールは座り、話し出した。
「さっき、ニコルがここにきて話したことのことだけど…」
「ああ。だが、俺は信じてはいない。ただの強い生物なだけだろうと思うが」
ファイヤスターがリーフプールの言葉をさえぎって言う。
「それが本当だとしても、本当じゃなかったとしても、私はちょっと行きたい場所があるの」
ファイヤスターが首をかしげる。「どこにだ?」
「月の池です」
「月の池?」
「ええ。スター族と対話をしに行きたいの」
ファイヤスターが顔をしかめる。リーフプールは構わず続けた。
「だから、許可をください」
ファイヤスターはすぐには答えなかったが、少し迷った後、許可を出した。
「いいだろう。じゃあ、誰か一緒に連れて行け」
「ありがとうございます」
リーフプールはそういうと、部屋を出ようと立ち上がり、向きを変えた。
すると、後ろからファイヤスターの声が聞こえた。
「こんな時だ。気をつけろよ」
リーフプールはうなずき、部屋を出た。
スクワーレルフライトを呼びにいくことにした。
狩りからももうすぐ戻ってくるだろう。
そのことについて、スター族がどんなことを話してくださるかは分からないが、確かめたい。
今森にいるものが“ホワイトスレット”なのかどうか。