覚悟の後
ガチッとホワイトスレットの鋭い歯がかみ合う音がした。
スクワーレルフライトは不思議に思った。
痛くない。
そうか、死ぬ時は、痛みなんて感じないんだろうか。
そう納得し、自分がまだ考えていることを不思議に思った。
意識がある?
自分の首筋を誰かがくわえている。
スクワーレルフライトはむせた。
まだしゃべれる状態ではなかった。
目をあけるとホワイトスレットが他の猫を襲っていた。
ぼんやりした頭で理解した。
助かったんだ。
「大丈夫か?」
首筋をはなされ、スクワーレルフライトは地面にへたりこんだ。
そして、首をまわして助けてくれたのが誰なのか確かめた。
かすんだ目で、黒い姿がぼんやりと見える。
「…ホーリー…ナイ…ト?」
そういって、またむせた。
「休んでろ」
ホーリーナイトはそういった。
スクワーレルフライトは、まだ思うように動いてくれない手足に力を入れた。
休んでるひまはない。
こうしている間にも、ホワイトスレットは誰かを襲っている。
「そういうわけには…いかない。行かないと」
スクワーレルフライトは息を整えて、ふらつく足で立った。
「いいや、だめだ」
そういうと、ホーリーナイトは、スクワーレルフライトを前足でとんっと押した。
たいした力で押されたわけでもないのに、スクワーレルフライトは足を踏んばれず、バランスを崩して倒れこんだ。
「あの攻撃をまともに受けたんだ。しばらく休め」
ホーリーナイトはそう言い放つと、近くにいたニコルと目を合わせ、戦いの中へ舞い戻った。
スクワーレルフライトはその後ろ姿を目で追った。
ホーリーナイトに助けられたのはこれで何度目だろう?
黒い姿が争いに巻き込まれて見えなくなり、スクワーレルフライトは目をはなした。
先ほど自分がいた場所から、四、五m離れたところだった。
あの恐ろしい口を思い出して、身震いした。
横には、さっきの三毛猫がいた。
三毛猫も、誰かに助けられたんだろうか。
三毛猫は、頭を起こし、何かを見つめていた。
「あの…大丈夫でしたか?」
スクワーレルフライトは話しかけた。三毛猫が振り返る。
「ええ、私は大丈夫。あなたは?」
「まだ力は入らないけど、大丈夫です」
スクワーレルフライトは自分の名をいい、三毛猫の所属する族を尋ねた。
「ウィンド族よ。私の名は、フロストテイル」
フロストテイルは戦いに目を向けた。
「あなたも、誰かに助けられたのね。よかった」
そういうと、身震いをした。
さっきのことを思い出したのだろう。
「ええ、本当に」
フロストテイルは再び目をスクワーレルフライトにもどした。
「私、白い雄猫に助けてもらったの。青い目をした」
フロストテイルはそこまで言うと、少しむせ、先を続けた。
「あの猫はサンダー族の猫?」
フロストテイルが言っているのは、ニコルのことだろう。
自分がホーリーナイトに助けてもらったとき、近くにいたのだ。
「ニコルは、サンダー族の猫ではありません」
「ニコルというのね…。サンダー族ではないのなら、どこの猫?」
「遠い国から来た猫です。私を助けてくれた猫も」
そういうと、スクワーレルフライトはその猫たちがいるであろう戦いに目を向けた。
「優しい猫たちです」
「後でお礼が言いたいわ。話す機会があるかしら」
フロストテイルは言った。
「きっとありますよ」
ホワイトスレットに勝てたならば。
スクワーレルフライトはそう頭の中でつけくわえた。
スクワーレルフライトは立ち上がり、足踏みをしてみた。
大丈夫そうだ。
まだ体のあちこちに鈍い痛みは残っているが、倒れるほどではない。
「フロストテイル、私もう行きます」
フロストテイルはまだ、横たわったままだ。
足に怪我をしているらしい。
「ええ、気をつけて。私も、もう少ししたら行くわ」
スクワーレルフライトはホワイトスレットに向かって走り出した。
ホワイトスレットには多くの猫たちがひっつき、襲っていた。
スクワーレルフライトはさっきホーリーナイトが言ったことを思い出し、ホワイトスレットの正面へまわった。
ホワイトスレットは、いくらか傷が増えたようだ。
猫たちは頑張っている。
白い毛皮に多少自身の血が混ざってきている。
スクワーレルフライトは正面へまわり、首へ飛びつこうと後ろ足に力を込めた。
ホワイトスレットがこちらへ目を向けた。
黄色く鋭い目がスクワーレルフライトを射すくめる。
さっきのことを思い出してスクワーレルフライトは凍りついた。
体が動かない。
ホワイトスレットは後ろから襲ってきたほかの猫へ関心を移した。
スクワーレルフライトはすばやく後ろへ跳び、ホワイトスレットから離れた。
これではだめだ…。埒があかない。
今度は後ろから襲ってみようとスクワーレルフライトが思った時、壊れたキャンプの壁から、猫の集団がなだれ込んできた。
スクワーレルフライトは振り返った。
先頭にレパードスターがいる。
リヴァー族だ。
レパードスターは一度立ち止まり、リヴァー族の猫たちに向けて鳴き声をあげた。
戦闘開始の合図だ。
リヴァー族の猫たちが戦闘へくわわり、再び猫たちの気持ちが高まった。
今はサンダー族もウィンド族も手負いの猫が多くなってきていた。
スクワーレルフライトはホワイトスレットの後ろへまわり、尻尾へ飛びついた。
そして、がむしゃらに噛み付いた。厚い皮膚から少し血がにじむ。
もう一度、ホワイトスレットの鼻をねらってみよう。
後ろからなら、いけるかもしれない。
そう思い、白い背中を駆けた。
途中で二、三匹の猫とぶつかり、スクワーレルフライトは謝ろうとしたが、猫たちは気づかずに、ホワイトスレットへの攻撃を続けていた。
頭の上まで来た時、ホワイトスレットの耳へ攻撃しているブランブルクローがいた。
ホワイトスレットの頭の上はおおきく揺れていて、スクワーレルフライトは白い皮膚へ爪を食い込ませ、踏んばった。
後は、タイミングを見てもう一度鼻へ襲い掛かかるだけだ。
鼻を襲ったらどうなるのか分からないが、やってみるしかないだろう。
スクワーレルフライトが足を踏んばってタイミングをはかっているとき、ブランブルクローは場所を移動し、ホワイトスレットの左目に襲い掛かろうとしていた。
スクワーレルフライトがふと目をそちらに向けると、ブランブルクローが右前足を黄色い目に振り下ろすのが見えた。
血が吹き出た。
はじめて見る、ホワイトスレットの血しぶきだ。
ホワイトスレットはうなり、吼え声をあげて前足でブランブルクローをかきおとそうとした。ス
クワーレルフライトは助けに行きたかったが、自分も落ちそうだったため、足を踏んばるだけで精一杯だった。
「ブランブルクロー!」
ブランブルクローはバランスを崩し、前方へ転げた。
そのまま転げ落ちそうになったが、ブランブルクローはホワイトスレットの一部に爪を立てた。
爪を立てた場所にスクワーレルフライトははっとした。
鼻だ。
ブランブルクローは爪を立てたまま、ホワイトスレットの黒い鼻に長く赤い筋を残して落ちた。
スクワーレルフライトの息は緊張で止まった。
鼻を攻撃した。どうなるんだろう。
ホワイトスレットは、一瞬動きを止めた。
スクワーレルフライトはけげんに思ってホワイトスレットの顔を上から覗き込もうとした。
その瞬間、ホワイトスレットは恐ろしい吼え声を上げた。
今まで聞いたどんな音よりも大きく、恐ろしい音だった。
スクワーレルフライトは身を縮めた。
ホワイトスレットが吼えるのを止めた。
スクワーレルフライトの耳はまだガンガン響いていた。
ふらつきそうになっていると、ホワイトスレットが全身を震わせた。
スクワーレルフライトは振り落とされないようにさらに爪を食い込ませようとしたが、飛ばされた。
さっきの二の舞にならないように、空中で体勢を整え、四肢で着地した。
ばっと上を見上げた。
ホワイトスレットの体には、猫は一匹たりとも残っていなかった。
どうなるのか見ていると、ホワイトスレットの毛が見る見るうちに逆立ち、ただでさえも大きな巨体が二倍になったよに見える。
スクワーレルフライトやそのほかの猫たちが、ホワイトスレットのその体をみて硬直していると、どこからかファイヤスターの叫び声がきこえた。
「固まるな! こいつは大きくなったわけじゃない!! ただ毛を逆立てただけだ!!」
続いてレパードスターの声。
「そう!! 恐れることはないわ!!」
その二匹の声に猫たちは我に返り、身構え、攻撃を再開した。
スクワーレルフライトが駆け出したとき、またしても壊れたキャンプの壁から猫の集団が流れ込んできた。
ブラックスターが率いている。シャドウ族だ!
ホワイトスレットに群がる猫たちは、ものすごい数になった。
ホワイトスレットが猫だらけになる。
スクワーレルフライトは下からホワイトスレットの様子をうかがった。
心なしか、動きがのろくなっているような気がする。
そこでハッと思った。
そういえば、リーフプールはどこだ?
リヴァー族が助けにきてくれたときから、リーフプールが呼びに行ったのだとうすうす気づいた。
これで、全部の部族がそろったはずだ。
何故、リーフプールがいないの?