来訪者
二匹がキャンプについたとき、キャンプ内は騒がしかった。
しかし二匹は気にせずに、ブランブルクローはファイヤスターに報告に行き、スクワーレルフライトはリーフプールのいる看護部屋へ向かった。
「リーフプール、いる?」
スクワーレルフライトは呼びかけた。
すると、奥から薄茶色の雌猫がでてきた。
「ここにいるわよ」
「ねえ、足の裏を切っちゃったの。見てくれる?」
スクワーレルフライトがいうと、リーフプールは奥から薬草を持ってきた。
「さ、切り口を見せて」
「血が出てるの」
「じゃあ、クモの巣もはるわね」
そういうと、てきぱきと切り口の治療をしていった。
治療をしてもらいながら、スクワーレルフライトはふと思ったことをいった。
「今朝ね、夢を見たの。それが、なんか・・・よくわからない夢だったんだけど・・・」
リーフプールは目を上げた。
「どんな夢だったの?」
「えと、最初は森を歩いてたの。そうしたら、いつの間にか真っ暗になって、知らない場所にいた。その時猫の影が見えて、『はぐれ者がくる。多くの血が流れる』っていったの」
リーフプールの顔色が変わった。
スクワーレルフライトはつづけた。
「そのあと、何かが追いかけてきた。黄色い目と、白い牙が見えて、目が覚めたわ」
「それは怖かったわね。それ・・・お告げじゃないかしら?」
スクワーレルフライトは目を見開いた。
「でも、お告げって族長とか、看護猫にしかおりるものなんじゃないの?」
「そうだけど、たまに戦士猫にもおりることがあるらしいの。ファイヤスターは、飼い猫だった時代から見ることがあったらしいわ」
リーフプールは考えるような表情をした。
「もし本当にお告げなら・・・。『多くの血が流れる』?そういったのね?」
「確かにそういったわ」
リーフプールが顔をしかめた。
「何かが起こるのね。ファイヤスターに報告しておいたほうがいいかもしれない」
「でも、私は一戦士猫だし、お告げじゃないかもしれないわ」
スクワーレルフライトは一応いってみた。
「そうね。でも、用心しておくにこしたことはない」
リーフプールはそういうと、また下を向いて治療を続けた。
変な空気になってしまい、スクワーレルフライトは何か話すことはないかと考えをめぐらせた。
「そういえば、キャンプがなんとなく騒がしいわね。なにかあったの?」
その声にまた治療を中断し、リーフプールが顔をあげた。
「あ、今帰ってきたから知らないのね。今、浮浪猫がこのキャンプにいるのよ」
スクワーレルフライトは驚いて目を見開いた。
「浮浪猫? なんでキャンプに? 今はキャンプのどこにいるの?」
リーフプールは治療を再開しながら、返事した。
「今は、看護部屋の横の倒木のところにいるわ。ブラクンファーがキャンプの近くで衰弱して倒れているのを見つけたらしいの。ブラクンファーはファイヤスターに相談して、ファイヤスターはその猫をキャンプ内においてやることにしたみたい」
「ファイヤスターは苦しんでいる者には優しいものね。何か食べ物は誰かあげたの?」スクワーレルフライトはきいた。
「わからないわ。でも、持っていってあげるのは全然かまわないと思うけど。よし、治療は終わったわ。ちょっと歩いてみて」
リーフプールはいった。
スクワーレルフライトは立ち上がり、足踏みしてみた。大丈夫そうだ。
「ありがとう。もう大丈夫そう」
リーフプールはあたたかい目をした。
「どういたしまして。気をつけてね」
スクワーレルフライトは好奇心から、倒木のあるところをのぞいてみた。
そこには、少し汚れた白猫が横になっていた。
スクワーレルフライトは獲物置き場からハタネズミをひとつとり、白猫のところへもう一度いった。
「はじめまして。大丈夫?」
スクワーレルフライトが話しかけた。
白い雄猫がゆっくり振り返る。
「はじめまして」
スクワーレルフライトは驚いた。
その白猫の目は、青く透き通っていて、ガラスのようだった。
「ハタネズミをもってきたんだけど。食べない?」
白猫は嬉しそうに青く透き通った目を輝かせた。
「いいのかい? ありがとう」
そういうと、白猫はハタネズミをぺろっとたいらげた。
満足そうに舌で口の周りをなめている白猫にスクワーレルフライトが話しかけた。
「あたし、スクワーレルフライトっていうの。あなたは?」
白猫は面白そうに目を輝かせた。
「『飛ぶリス』か。ぴったりの名前だね。ぼくは、ニコルっていうんだ」
ニコルと名のった白猫は、少し違う言葉のニュアンスがあった。
「ニコル、あなたどこから来たの? どうしてこの森に?」
スクワーレルフライトの問いに、ニコルは答えた。
「ぼくは、違う国からきた。海を渡ってきたんだ。この言葉は覚えたばっかりなんだよ。向こうでは違う言葉を使っていたから。この森へは、たまたま通りかかったら猫の気配がしたから、話してみようとよってみた」
スクワーレルフライトは驚いた。
「違う国? 海? じゃあ、あなたはあの水がたくさんのところを泳いできたの?」
海のことなら、あたしは知っている。
他の部族猫は知らないが、あたしは新しい住みかを見つける旅でみた。
それは果てしなくつづく塩辛い水だった。
あんなところを泳いできたというの?
ニコルはスクワーレルフライトの考えを読んだのかのように、少し笑った。
「いや、泳いできたわけじゃないよ。船できたんだ。結構長いことかかったな」
「船って、ボートみたいなもの?」
「そうだよ。ボートよりはもっと大きいんだけどね」
自分の知らない世界をたんたんと話すニコルに、スクワーレルフライトは驚かされっぱなしだった。
「違う国って、この土地以外にも、あの海の向こうにも森があるの?」
スクワーレルフライトはいちばん不思議に思ったことをきいた。
「あるよ。住んでた国は、ほとんどが山や森だったよ」ニコルはゆっくりとしっぽを振りながら答えた。
スクワーレルフライトは本当に驚いた。
この間会った、あの<ラッシング・ウォーター一門>の存在もついこの前まで知らなかったのに、他に猫がいるなんて。
海の向こうに土地があるなんて。
「ところで、ニコルはこのあとどうするの?」
「ここの長・・・ファイヤスター・・・だっけ? ぼくは今、ここの捕虜のようだから、ファイヤスターが決めるんじゃないかな。追放するなり、置いておくなり」
ニコルは捕虜になっていることを何とも思っていないようで、たんたんと話した。
その時、豊かな毛並みのグレーストライプとダストペルトが近づいてきた。グレーストライプがニコルにいった。
「ニコル・・・だったかな。ファイヤスターがお呼びだ」
スクワーレルフライトはもっとニコルから、いろんな話を聞きたかったが、ファイヤスターが呼んでるんじゃしかたがない、とあきらめた。
ニコルが立ち上がり、スクワーレルフライトを見た。
「ハタネズミありがとう。ぼくは行くよ」
スクワーレルフライトはうなずいた。
ダストペルトにつれられて、ニコルはファイヤスターのいるところへ向かった。
残ったグレーストライプに、スクワーレルフライトはさっき聞いたことを話した。
「ニコルって、違う国から来たそうですね。海の向こうにまだ国があったなんて、初めて知りました!」
半分興奮気味に話したスクワーレルフライトに、グレーストライプは優しいまなざしで答えた。
「そうだってな。おれも最初に聞いたよ。ほんとに、驚くことばかりだ」
「ニコル、追い出されちゃうんでしょうか?」
話していて、好印象だったニコルとは、もっと話してみたいと思っていた。
「さあ、わからないよ。ファイヤスターしだいだ」
グレーストライプはニコルの向かった方向を見ながら答えた。
スクワーレルフライトも、その方向を見た。ニコルの白い後姿が見える。
そして、はっと思い出し、スクワーレルフライトの体がこわばった。
『はぐれものが来る。多くの血が流れる』