最後のメッセージ
スクワーレルフライトは星が輝く夜空を見上げた。
こんなにもきれいだったっけ。
毎晩あたりまえのように見えていたものが、とてもありがたく感じる。
「スクワーレルフライト、体は大丈夫なのかい?」
後ろから声がきこえた。
ニコルがいて、その後ろにホーリーナイトがいた。
「ニコルこそ、その怪我…。リーフプールに見てもらったほうがいいわ」
そういった。
ニコルは頭から血を流し、片目は血が流れ込み、閉じられていた。
ニコルは笑った。
「見た目ほどたいした怪我じゃないよ。それに、リーフプールは忙しそうだから」
リーフプールは、部族関係なしに、他の看護猫たちと協力して怪我をした猫たちの治療をするために走り回っていた。
スクワーレルフライトは黒猫をちらっと見た。
「ホーリーナイトは怪我はしなかった?」
ホーリーナイトは言葉少なく答えた。
「大丈夫だ。……ただ」
そういうと、自分の首もとにちらっと視線を落とした。
黙ったホーリーナイトの言葉をニコルが継ぐ。
「こいつの大事なものが入ってる布が破れてしまったんだよ」
見ると、渋いオレンジ色の布が半分ほど裂け、中に入っている白いものが見えている。
スクワーレルフライトはなんと言ったらいいのか分からず、ただうなずいた。
いつもは感情を表情に出さないホーリーナイトが、本当に悲しそうな表情をしていた。
スクワーレルフライトはあたりを見回した。
たくさんの猫たちが後始末に追われている。
ホワイトスレットの死体はキャンプの中央に置かれたままだ。
ファイヤスターに相談しようと思い、ニコルとホーリーナイトと別れた。
ファイヤスターは猫たちへの指示を忙しく行っていた。
「サンドストーム、嫌なことを頼むが、亡くなった猫たちの遺体をキャンプの端に連れて行って、寝かせておいてくれないか。誰かと協力して。それと、ロングファング」
ファイヤスターは前方にいたロングファングに声をかけた。
「長老たちと仔猫たちの無事を確かめてきてくれ。ラシットテイルが守っていたはずだ」
スクワーレルフライトはおずおずと声をかけた。
「ファイヤスター」
ファイヤスターは振り向いた。
「なんだい?」
「ホワイトスレットをどうにかしないといけないと思うんだけど…」
それを聞いてファイヤスターは木の下敷きになっているホワイトスレットへ目を向けた。
「そうだな…。どうにかするには、まずあの木をどうにかしないといけない」
ファイヤスターは目をもどした。
「とりあえず、サンダー族の戦士に運んでもらおう。ちょっといいか、ダプルファー?」
ファイヤスターはファーンフットとともに遺体を運んでいたダプルファーを呼び止めた。
「なんでしょう?」
「あの木を運んでもらいたい」
ダプルファーはファイヤスターが尻尾でさす木を見、ぎょっとした目をした。
「私一人でですか?」
ファイヤスターはフッと笑った。
「いいや、そんなことはさせないよ。サンダー族の戦士たちを集めて、みんなで運ぼうと思う。皆に伝えてくれないか。遺体を運ぶ猫は数匹残してほしいが」
ダプルファーはうなずき、速足で駆けていった。
「あれだけ巨大な木をサンダー族で運び出せるか…」
そういって少し悩み、口を開いた。
「他の部族の族長に頼んで、戦士たちで運んでみよう。お礼がてらに」
そして立ち上がった。
スクワーレルフライトもファイヤスターについて自分の部族を集めている族長のもとへ行った。
まずは、ウィンド族をたずねた。
「ワンスター、助けにきてくれてありがとう」
ファイヤスターはそういって、頭をさげた。
ワンスターはファイヤスターに向きなおった。
「どういたしまして」
「ウィンド族の被害は?」
ワンスターは集まっている自分の部族の猫たちを見回した。
「5匹の猫が死んでしまった。あと負傷者がほとんどだ」
「すまない、本当にありがとう。その猫たちの遺体はサンダー族の戦士に運ばせようか」
ファイヤスターはそう提案した。
ワンスターは首を振った。
「その必要はないよ。ウィンド族の猫だ。自分たちの責任で運ぶ」
ファイヤスターはそれがいいというように頷いた。
そして、ワンスターの目を見た。
「お願いがあってきたんだが」
ワンスターの目に警戒の色が浮かぶ。
「なんのお願いだ?」
「ホワイトスレットの上に倒れている木を運び出すのを手伝ってほしいんだ」
ワンスターは一瞬けげんな表情をした。
「ホワイトスレット…? ああ。あの生き物か。なんだ、そんなことだったらいいよ。ウィンド族からも戦士を手伝わせよう」
ワンスターは快く引き受けてくれた。
スクワーレルフライトはファイヤスターの後ろでほっと息をついた。
「では、よろしくお願いする」
ファイヤスターはそういって会釈し、スクワーレルフライトに目で合図して歩きだした。
「次は、どこに?」
スクワーレルフライトは後ろから聞いた。
ファイヤスターは振り向かずに答えた。
「ブラックスターのもとにいこう。もうすぐそこにいる」
スクワーレルフライトは進む先を見た。黒いブラックスターの姿が見えた。
「ブラックスター。今いいか?」
ファイヤスターはやせた白い雄猫とグルーミングしていたブラックスターに声をかけた。
ブラックスターが振り返る。
「ファイヤスターか。何の用だ?」
ファイヤスターは戦ってくれた御礼をいい、用件を告げた。
ブラックスターの顔は無表情だった。
「あの木を運ぶのを手伝えと? この傷ついた戦士たちをこきつかうのか」
「だからこうやって頭を下げている、ブラックスター。あれを運ぶのはたくさんの猫がいたほうがいいんだ」
ブラックスターは顔をしかめたが、渋々答えた。
「…いいだろう。戦士を貸してやる」
ファイヤスターは会釈した。
スクワーレルフライトも後ろで頭を下げた。
さあ、次はリヴァー族だ…。
「ファイヤスター」
後ろから声がきこえた。
振り返ると、レパードスターがいた。横にはミスティフットもいた。
「私たちは帰るわ。幸い、死者はでなかった」
「レパードスター、今回は助かった。ありがとう。ただ、帰るのは少し待ってくれないか?」
ファイヤスターの言葉を聞いて、レパードスターはけげんな顔をした。
「何故?」
ファイヤスターは木のことをつげた。レパードスターは、表情を崩さなかった。
「ええ、いいわよ。リヴァー族はたくましくて元気だもの。戦士を送るわ」
そういうと、尻尾をサッと振った。「ミスティフット?」
ミスティフットが答える。
「はい」
「比較的元気な猫たちを集めて、重傷者たちは一箇所に集まらせて。私たちは監督にまわるわよ」
ファイヤスターを見た。
「いつ始めるの?」
「すぐ始めよう。誰が声をかけるか?」
そういって、ブラックスターとレパードスターと遠くにいたワンスターをちらっと見た。
ブラックスターが言いはなった。
「ファイヤスター、おまえが言いだしっぺなんだから、おまえが言えよ」
ブラックスターのその言葉に、レパードスターもうなずいた。
「ワンスターも文句はいわないでしょう」
スクワーレルフライトは父を尊敬のまなざしで見つめた。
全部の部族を代表して監督するのだ。
族長たちを説得し、代表となる力もある。
かつて住処だった森をすくった猫だ。本当に自分の父はすごいと改めて思った。
ファイヤスターは、ハイレッジへ飛び乗った。そして大きく鳴き声を上げる。
「全ての部族のみんな、このハイレッジの下へ集まってくれ。お願いしたいことがある」
他の族長たちもハイレッジへ飛び乗り、ファイヤスターと並んで猫たちを見下ろした。
サンダー族の猫たちはすんなり集まり、他の部族の猫たちはファイヤスターが代表して話したことに不思議な顔して集まってきた。
ホワイトスレットの周りだけ猫たちは避ける。
スクワーレルフライトは、リーフプールを探したが、リーフプールは看護部屋から薬草を運んだり忙しそうだったので、近くに見えたニコルとホーリーナイトのとなりへ座った。
ニコルがスクワーレルフライトを見て微笑む。
「やあ」
スクワーレルフライトも笑い返した。
ホーリーナイトはまっすぐ前を見つめていた。
「みんなのおかげで、この白い狼、ホワイトスレットを倒すことができた。それはとても喜ばしいことだ!」
ファイヤスターの言葉に猫たちが満足そうに声をあげる。
その声を尻尾をサッと振って静めて、ファイヤスターは続けた。
「しかし、勝った後でも問題は残っている。ホワイトスレットの死体の処理だ。そして、まずはこの大きな木から処理しなくてはならない」
ファイヤスターはそこでいったんきり、続けた。
「みんなに手伝ってもらう。各部族の族長にも了解は得た」
「族長と副長は監督にまわる。族長の指示にしたがってくれ」
ファイヤスターはそういうと、ハイレッジの上で族長同士で話しをし始めた。
段取りについてだろう。
猫たちは族長たちの指示を待って、座った場所から動かない。
スクワーレルフライトの位置からは、ホワイトスレットの顔がよく見えた。
何気なくホワイトスレットの顔を見つめた。
すると、命を落としたはずのホワイトスレットの目がすっと開いた。
スクワーレルフライトはギクッとして、身をかたくした。
それに気づいたニコルがたずねてきた。
「どうしたんだい?」
スクワーレルフライトは、振り返ってニコルを見、しどろもどろで答えた。
「あれ…」
スクワーレルフライトがホワイトスレットに目をもどした時、ホワイトスレットの目は開いていなかった。
「…なんでもないわ」
ニコルは首をかしげた。
「そうかい?」
そういって逆となりにいたホーリーナイトと話し始めた。
スクワーレルフライトはもう一度ホワイトスレットの目を見た。
開いていない。
気のせいだったのだろうか?
その時、スクワーレルフライトのまわりの音が何一つきこえなくなった。
スクワーレルフライトははっとし、周りを見回した。
しかし、変わったところはない。
ニコルはホーリーナイトと話しているし、他の猫たちの口も動いている。
だが、声はきこえない。
木の葉の重なる音もきこえない。
スクワーレルフライトが唖然としていると、頭の中に声が響いた。
“飛ぶリス…きこえるか”
低い声だった。
スクワーレルフライトはギクッとした。
ホワイトスレットの目が開かれている。
まわりの猫たちは気づいていないようだ。
しかし、その目は戦っていたときのように恐ろしいものではなく、優しい目をしていた。
“この私が、目的を達成できずに終わるとは”
スクワーレルフライトは目を見開き、ぼんやりと聞いた。
“神は汝らの力をみくびっていた。指令を受けたときは、失敗するとは思わなかったのだが”
ホワイトスレットは黄色い目を細くした。
“あきらめて帰るとする。汝らはこの世で精一杯生きるといい”
ホワイトスレットはゆっくりと目を閉じ、開いた。
“飛ぶリスよ。汝らはこれからも多くの壁にぶつかるだろう。だが、汝らなら乗り越えられるはずだ”
そういうと、再びゆっくりと目を閉じ、開かなかった。
スクワーレルフライトは状況を把握できず、頭が働かなかった。
固まっていると、ホワイトスレットの白いからだが銀色の輝きを帯びた。
倒れた木もその輝きに包まれる。
スクワーレルフライトの耳に音が戻ってきた。
他の猫たちが驚きの声をあげている。
スクワーレルフライトは、その輝きに見とれた。
銀色の輝きは、ますます輝きを増し、まぶしくて目を開けられなくなった。
猫たちが目をつぶった間に、ホワイトスレットの亡骸はなくなっていた。倒れていた木とともに。