エピローグ
目の前には、限りなく青く続く水が続いている。
夜明けの冷たい海風が毛をなびかせ、気持ちがいい。
水平線には、輝く朝日が昇り始めていた。
「気分悪い…」
横で沈んだ声がした。白猫がうずくまっている。
「大丈夫か?」
「いいよな、ホーリーナイトは船酔いしないんだから……う…」
白猫は気持ち悪そうに顔をゆがます。
「そんなこといっても、船酔いするように生まれついたお前の運が悪い」
ホーリーナイトはそういってニコルの背を尻尾でぽんぽんと叩いた。
ニコルはしばらく黙りこみ、深呼吸した。
そして、座りなおした
「若干船の揺れが小さくなった気がしないか? これくらいなら大丈夫かも」
ホーリーナイトはとりあえずうなずいたが、揺れは変わっていないように感じた。
ニコルの気のせいじゃないか?
まあ、ニコルがそう思うならそう思わせといたほうがいいだろう。
「もう、出発してから二日か…早いもんだ」
ニコルがふとつぶやいた。
その言葉は、つい二日前まで使っていた言葉ではなく、自分たちの故郷の言葉だ。
「確かにな…」
ニコルがはっとしたようにホーリーナイトを見た。
「そういえばさ、僕、告白されたんだよ。まあ、今になっちゃ本人も記憶はないだろうけど」
ホーリーナイトは別に驚きもしなかった。
ニコルは顔もいいし、性格もいいから気に入られることは多い。
故郷で一緒につるんでいたときも、周りにニコルに対して想いを寄せている雌猫は多かった。
ニコルはそれに関しては鈍いから、気づいていなかったが。
「へぇ、誰に?」
ニコルは驚いたように目を見開いていた。
「ウィルン族…だったっけか。その族の三毛柄のフロストテイルっていう猫だよ。あの戦いのあと、お礼を言われて、それで…言われたんだ」
「…ウィンド族だろ。ウィしかあってないぞ」
呆れて指摘した。
ウィルン族? なんだその部族は。
ニコルはそんなホーリーナイトの指摘を流すと、考えるような表情をしていった。
「僕はそんな告白されるようなことしてないよ…なんでだろ」
思い当たることを言ってみた。
「三毛猫だったら、あれじゃないか。あの戦いのとき、お前が助けた猫」
ニコルはぴんときた表情をした。
「そうだ、その猫だった!」
しかし、またすぐに考えるような表情に戻った。
「でも、それくらいで好きになるもんかな?」
ホーリーナイトはまたあきれた。
「ニコル、ほんとそっち関係鈍いよな」
ニコルはむっとした。
「そうでもないさ。僕にもわかることはある」
ホーリーナイトは興味をそそられた。
「何が分かった?」
ニコルは、自信を持っていった。
「ホーリーナイト、お前、スクワーレルフライトのこと好きだったろう?」
思いがけない言葉に、ホーリーナイトは言葉をなくした。
「…」
「その顔は図星だろう」
ニコルが顔をそむけたホーリーナイトの顔をのぞきこんだ。
「ホーリーナイトの様子が、いつもと違うのは僕にだってわかった。あの子、可愛かったもんな」
「…」
言葉が見つからない。
まさか、ニコルに気づかれていたとは。
「僕が見るには、スクワーレルフライトもお前のこと、結構気にしてたと思ったけど。なんで告白しなかったんだい?」
ホーリーナイトはニコルに目線を戻した。
「言えるわけないだろう。会って、まだそんなにたってない猫にそんなこと言われても、向こうも困るだけだ」
目線を海へ戻す。
「向こうが俺を気にしてただって? 気のせいだ」
「鈍いのもお互い様だ」
ニコルは少し笑った。
「間違いなく気にしてたね、お前のこと」
俺も、鈍いのか?
自分のことに関しては、鈍くなるものなのだろうか。
「もう、終わったことだ。ここにはスクワーレルフライトはいないんだ」
「また会える日が来るかもしれないじゃないか」
「彼女には彼女の生活があるんだ。俺も、まだ果たしていない仕事があるんだ。絶対にやらなければいけないことが」
「分かってるさ」
ニコルは海へ目を向けていた。
「それは、お前の使命だもんな」
ホーリーナイトは無言でうなずいた。
朝日に輝く海を見る。
「まあ、悪くない寄り道だったな」
「確かに。命が危険にさらされた寄り道だったけど、楽しかった」
二匹はそういった後、無言で海を眺めていた。
ニコルが静かに歌いだした。
ホーリーナイトも一緒に歌い始める。
二日前まで自分たちのいた方角へ向かって。